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ふたりでなら、長い時間も休暇も退屈しない
のどかだった三が日が終わり、今日から少しずつ日常へ。
その証拠に(?)、ハチ(旦那さん。ハンドボール部外部コーチ)は母校の部活へゆき、かんくん(野球少年に電撃復帰。が、テニス部も兼部中)もクラブチームの初練習へとそれぞれさっそうと出かけていったのでした。
俺? 俺もさっそうとお弁当を作ったぜ。おせちを詰めてやったぜ。
今年はじめておせちを作ってみてわかったこと。それは、とにかく一品一品がとても大量にできてしまうということ。黒豆と栗きんとんがもう、永遠になくならない量って感じ。今度作るときは半量でいいなあ。
そしてスポーツ界隈な彼らを送り出したのち、いそいそとベッドに戻って枕元にうず高く積まれている『キングダム』を読みながらうとうとと二度寝しているうちに午前が終わった。あれえ?
午前練を終えて元気に帰宅したハチに「おう、歩きにいこうぜ」と誘われたので、この年末年始恒例となっている”夫婦で毎日一万歩ウォーキング”に出かけた。
途中、小学生時代のかんくんの野球チームにいたパパ友とすれちがう。じつはきのうもすれちがっていたので、ハチが「どうしよう、仲良し夫婦って思われたら……」とか言っていた。いいだろう、べつに。
男女が(というか一対のパートナーシップが)、仲良しである、ということについて松村潔先生のおもしろい記述があったな。
グルジェフの水素論や、性センターに関連した話なのでわからないひとにはまったく意味不明だとは思うものの、ちょっと引用してみたい。
性センターは外部に無関心という話だったが、それはあたかも仲の良いカップルのようだ。つまり男女一対で、正常な性センターを再現しているように見える。そしてふたりでなら、長い時間も休暇も退屈しないで続けられる。性センターとは本来そういう性質だ。
どんなペアでもカップルでも、なんとなく放っておいたら勝手にうまくいって、仲が深まっていくなんてことはありえないと思う。
お互いにそういう関係性でいようという意図のもと、どこか遠い彼方でした大いなる約束を果たすんだって決めて、決めたふたりが道を歩んでいくことで、もろく崩れやすいまるでおままごとのようだったそれが、いつのまにか安定的で永続的なものへと変容していく、みたいなことが、「仲良くなる」ということだと思う。
わたしは誇りに思っている。わたしたちが歩んできた道のりを。この、不思議と退屈しないでいられる関係性を。
だから今年も元気で仲良くいられますように!って思ってる。
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