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迷子ごっこ

僕は地図が読めない。

そう言うと、マニュアルでもあるかのように必ずこう言われる。
「今はGPSあるんだから」

GPSが「グローバル・ポジショニング・システム」の略で、日本語訳すると「全地球測位システム」だってことは知ってる。

最初の実験衛星ナブスター1は、1978年2月22日(2027年で50年!)にアメリカ・カリフォルニア州ヴァンデンバーグ空軍基地から打上げられてるし、ナブスターがNAVigation Satellites with Time And Rangingの頭文字からついた名前なことも知ってる。

誰も興味ないと思うけど、今までに打ち上げられたGPS衛星の数は、2024年時点で40機以上、常に24機は稼働してるなんてことも知ってる。

アメリカだけじゃない、ロシア、中国、フランス、インド、イラン、イスラエル、韓国と北朝鮮、僕たちの日本にだって衛星はあって、日本のみちびきって名前つけた人最高のセンスだよな、ほんとかっこいい。で、それぞれの数は……

と言いたいことが山ほど出てきて思考が迷宮入りする前に
「……もちろん使い方だって知ってるよ」
と言い返すのが精一杯だ。

じゃあ会話終了だね、とでも言わんばかりの目の前の上がった口角を見ながら、自分自身にまたがっかりする。


事前に調べておいたアクセス情報はばっちり。
最近は公式サイトに写真付きでナビまでしてくれる徹底ぶりだから、これは必ず抑えておきたい。

今日は、いや今日も、今日だって、絶対どうしたって遅刻出来ないし、事前に調べた駅からの徒歩分数だって大幅に余裕を見ている。

駅について改札は……こっちだな、で、コンビニを目印に……?あれ?コンビニがない。

ま、まぁ閉店したのかもな。
じゃあ、と昨日の予習ぶりの地図アプリに住所を入力し、僕を指す矢印が安定するのを待つ。

「西に進みます」
いやまずこれな。西がわかるのって普通なの?
そりゃ北がわかれば東西南北わかりますよ。
でもここは初めて降り立つ駅。
そんな場所で自分がどの方角を向いているか、僕以外のみんなわかっているとでも?

だとしたら、僕には何か大切な部品が欠けている。

ざっと進むべき道を指した点線を辿る。
ここでまた難問だ。

なんでこんなにやたらとグネグネ折れ曲がってるわけ?曲がる場所に来たはずなのに、GPSのラグなのか曲がるはずの道をいつも間違う。

まるでわざと遠回りして少しでもプラス料金を稼ごうとする営業熱心なタクシー運転手のように。

いやいや、そんなはずない。
曲がった道を表示するのは、ほら、道路工事中で封鎖されてるとか、交通事故多発地帯だから迂回させてるとかきっと理由がある。
地図アプリ開発者がわざと迷子にさせるような一銭にもならない意地悪をするとは思えないし。

このままじゃまた遅刻すると思い出す。
大幅な余裕を見たはずの時間は、特殊相対性理論のごとく歪んでねじれ、観測者の僕を置いて勝手に進む。

「今度遅刻したら、もう別れるから」

視線が本気のそれだった。
思うんだけど、好き好んでわざと遅刻する奴っていると思う?とは口が裂けても言えないので
「大事な時間をいつもごめんね」
としか言えない。

「左手前です」
無いよそんな道。どれのこと言ってるんだよ。今はまっすぐな道だろ?

現在地に戻るボタンを押して、僕の矢印が安定するのを待つ。

思い出した。
子どものころ路地裏を眺めるのが好きだった。
まっすぐで大きな道を歩いてふと横を見た時に、ほっそり奥の方へ伸びていく脇道。

その先に何があるのか行ってみたい。
でも今向かってる先に続いているのはこのまっすぐな道だから、横目で見たとても気になる細い道には行けないんだ。

それがとても残念だったこと。
ここではない何処かへ行ってしまいたかったこと。
それなのに何処にいても帰りたくなること。


「まもなく目的地周辺です」
目を凝らして見る。自分の現在地と、目的地。
2つの点が地図上で重なって見える。
何度も確認する。方角を確かめるように。

「目的地に到着しました」
僕のいるこの地上から直線で約20,200 kmの高さから見たら、僕は目的地についているはずなのに。

今日も僕は地図が読めない。

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和叶眠隣
日常の延長に少しフェイクが混じる、そんな話を書いていきます。作品で返せるように励みます。

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