モノクロ写真の現像 ILFORDの印画紙たちに愛を込めて
かつて撮影したフィルム写真を整理していたら、印画紙(ILFORD)の箱を積み上げた写真が出てきた。
20代半ば過ぎ、写真の勉強をしていた頃の一枚。
当時会社員だった私は、仕事後、夜間の写真専門学校に通っていた。
写真やカメラとはまったく関連のない業界に勤めていたにも関わらず、どうしても写真を基礎から学びたくなったのだ。
特に白黒のフィルム写真に興味があって、写真表現はもちろんのこと、フィルム現像も写真引き伸ばしも、印画紙への現像も、モノクロ写真に関する技術の全てを身につけたかった。
そして現像作業が写真を撮るのと同じくらい好きな私は、学校の暗室のみならず、自宅でも部屋を即席の暗室にして没頭した。
翌日仕事なのに徹夜で作業していたこともある。
それくらい夢中だった。
暗室はとても不思議な空間だ。
酢酸(停止液)のツンとした匂いと、現像液特有の表現し難い匂いが入り混じる。
決して心地よい匂いなわけではない。
でも、なぜか落ち着く。
その独特な匂いの中に身を置き、セーフライトの赤い光が頼りの暗黒の世界で、
ただただ写真と向き合う。
暗室で作業をすると時間を忘れた。
黙々と手をうごかし、誰とも口を聞かず、音楽さえかけず、いわば「無」になって作業をする。
その暗室での一連の作業の中で、一番好きな時間は印画紙を現像液につける瞬間。
現像液に当時愛用していた「ILFORD」の印画紙を浸した後、じわじわと浮き出る画像を見る時間のワクワク感がたまらない。
真っ白な印画紙がモノクロの画像になっていく過程には、言葉にできない感動があるのだ。カメラごしに捉えた風景や物や人が、時間を経てもう一度私の前に姿を現し、再び出会う。
それは私が切り取った世界。
何かを感じてシャッターを切ったはず。
つまり、私の思考であり、感情であり、想いが映し出されている。
自分で現像すれば、それが作り上げられていく過程を見守ることができる。
これ、至福の時間だったな。
デジタルでは絶対味わえない感覚。
随分前に全ての暗室機材を処分してしまったけど、いつか機会があったらまた自分で現像をしてみたい。
なつかしきILFORDの印画紙を使って。
(day 86)
写真:ILFORDの印画紙たち