
40歳、迷走の先には光が見える 『チャンシルさんには福が多いね』
絶対観ようと心に決めていた作品「チャンシルさんには福が多いね」。
なんだかめでたいタイトルも気に入った。
この物語の主人公であるチャンシルさんは、映画プロデューサーとして仕事に人生を捧げてき40歳、独身、恋人なしの中年女。
ある日、一緒に仕事をしていきた監督が急死し突然失業することに。
それだけではない。自分は映画製作に欠かせない重要な役割を担ってきたと自負していたのに、他人の評価はそうでないことを知りショックを受ける。
おまけに生活苦。
仕方なく、妹のように可愛がっていた女優の家で家政婦をして日銭を稼ぐ日々。
そんな生活の中で見つけた唯一の希望の光、新しい恋も空振りに終わり、なんだかなぁの展開。
ところで、女の40歳とは微妙な年頃だ。
チャンシルさんのように独女であればなおさらのこと。
結婚するしないは個人の自由だけど、世の中には結婚することが当たり前と思っている人、独り身の女を可哀想などと同情する人が一定数いるのも確か。
実際に、下宿の大家さん(おばあさん)に、「結婚もしないで今までなにをしていたんだ」と呆れられるシーンも登場する。
とは言え、人になんと言われようが自身が情熱を注げる仕事があれば気にする必要はない。
が、悲しいことにチャンシルさんは失業中。
自分の人生の軸であり、支えであった映画の世界からも身を引いてしてしまったのだから弱気になるのも無理はない。
プライドはズタズタ、未来は見えず、おまけに(どうでもいいことだけど)世間体も悪い。
そんな時についついやってしまうのが「現実逃避」。
特にありがちなのは恋への逃避。
たとえば「愛する人に出会い、支えてもらう」「あわよくば結婚する」などなど、逃避のバリエーションはいろいろある。
しかし人生はそんなに甘くない。
今まで真剣に考えたこともなかったことをいきなりやろうとしても、あるいは、衝動的に人生を変えようと思っても、うまく行くはずもない。
それに大抵の場合において、人生が不調な時に突然イイことは起こらない。
これは私自身の経験からも強くそう思う。
気分が落ちているときは、負のオーラを知らず知らずのうちに自ら発してしまっているもので、イイことはスルスルと遠ざかる。
そんな時に一発逆転や起死回生を期待しても失敗し、落ち込むのが関の山。
結局のところ、落ち込む時にはしっかり落ち込むべきなのだと思う。
その上でじっくりと自分がやるべきこと、あるはやりたいことが何かを考え、体制を立て直すのが賢明だ。
しかし残念ながら、というか、お約束のようにチャンシルさんはあがく。
希望を求めて行動を起こす。
そして、案の定うまくいかない。
そんな踏んだり蹴ったりのチャンシルさんだが、彼女には不思議なサポーターがいた。
それがこの物語のスパイス的存在、レスリー・チャンを自称する幽霊。
なぜか韓国語を話す香港俳優「レスリー・チャンらしき男」は、チャンシルさんのアドバイザー的な立ち位置として登場する。
役に立っているんだかいなんだか、とにかくよくわからない「レスリー・チャンらしき男」は、自分が本当にやりたことをさがすよう、そして自分の心の声に耳を傾けるよう、さりげなくチャンシルさんを導く。
ところで、この「レスリー・チャンらしき男」を演じたのは「愛の不時着」でマンボク同志(耳野郎)を演じたキム・ヨンミン。
マンボク同志ファンとしては再び彼に会えるのは嬉しい限り。
彼はここでもめちゃめちゃイイ味を出している。
また、幽霊のくせに「今から女と会いに行く」とのたまう彼に、チャンシルさんが発する言葉が秀逸。
「もしかして、マギー・チャン?」
このシーンは可笑しみがあって大好き。
ウォン・カーウァイ監督「欲望の翼」を愛する私にとって、ツボすぎた。
ところで、劇中のほぼ全般で踏んだり蹴ったりのチャンシルさん。
「いったいチャンシルさんの『福』ってなんだろう?」と思いながら映画を鑑賞していたが、劇中はっきりとした答えが提示されるわけではない。
が、最後まで観てようやく「なるほど」と思えた。
それがこの作品の良いところ。
ジワジワとくるやつ。
ともあれ、チャンシルさんは迷走しながらも、「レスリー・チャンらしき男」の支えもあり、自分のすべきことを見つけたのだ。
それは、映画を作ること。
映画への愛はチャンシルさんの生きる糧であり、彼女の人生そのもの。
そのことに気がついたチャンシルさんは、一度は諦めた映画の世界に再び挑むことを決意する。現実逃避はやめて自分の足で立つ覚悟を決めたのだ。
そうなれば、あとは前に進むだけ。
さて、人生には立ち止まって考えるべき時があるというのは前述の通り。
たとえ、何かのきっかけで日々積み重ねてきたことが意味のないことに思えたり、未来に希望を持てない時があったとしても、その状態が永遠に続くわけではない。そのことを忘れてはダメ。
そして、そんな時こそ「自分自身に向き合う絶好の機会」と開き直る方がきっといい。
それに「どん底」だと思っていても、目を凝らせば実は近くに「福」は存在している。落ち込んでいる時はなかなかそうは思えないけれど、本当にその通りだと感じる。
実際のところ、チャンシルさんも心やさしき周囲の人々に支えられながら生きているではないか。
何はともあれ、「福」とは空から降ってくるものではなく、自分で見ようとしなければ見えないもの。
結局は自分の心持ち次第ということなのだ。
さて、この作品は劇的な展開があるわけでも、激しい感情のぶつかり合いがあるわけでもない。
多くを失ったようでいて、その実そうでもないチャンシルさんの人生の、ある一時期を切り取った静かでゆるやかな物語だ。
そして、観了感は抜群。
ほっこりと、そして温かい。
これは多分、チャンシルさん効果なのだと思う。
つまるところ「チャンシルさんには福が多い」ゆえに、私も福のおこぼれをもたったということなのではないかな。
と、映画鑑賞後にしみじみと思うのであった。
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