見出し画像

しあわせの話。

しあわせについて考えはじめたのは大学生ぐらいのとき、21歳ぐらい。

それまでは自分のしあわせについて、
ちゃんと考えることはなかった気がする。

それまでは、
しあわせ=うれしいとか、美味しいとか、お金持ちとか、
キラキラしてる感じ、とかそれぐらいのイメージ。
(でも好きな人といるときはしあわせと思ってたなあー)

まあ、それぐらいふわっとしていたものでした。
いまのように、わたしのしあわせはこれだ!
しあわせってこんな感じかなあ〜
というのもなかったのです。



そんなわたしが、生まれて初めて、しあわせについて考えたのは
武田双雲さんがきっかけでした。

本当に、ご縁が重なって、
21歳の時に双雲さんのお宅におじゃますることになったのです。
世界一受けたい授業は見ていたし
わたしのだいすきな大河ドラマ"天地人"の
題字を書いた人ということは知ってました。

その日は10時間ぐらいご一緒させてもらったのですが
わたしの人生の中の"しあわせ"の概念を考えさせられる
お話をたくさんしてもらいました。
その中でも今でも、ずっと忘れられない一言が、

「僕は朝一番に起きて、手足の関節を伸ばして
その伸びてくれる関節にたちにありがとう〜って思うんだよ〜。
ありがとう〜関節、手足たち〜!!!!!って。^^
そのあとに、顔を洗った時のふわふわのタオルにも
ありがとう〜〜〜〜って感謝するんだよ〜。
ありがとう〜こんなにふわふわで
気持ちよく僕の顔を包んでくれて〜って。
そしたら、朝からしあわせだよね。^^」

ってニコニコしてお話していたのです。
(詳しくは、武田双雲さんの感謝めがねの話を読んでもらいたい、、!)



わたしはその時
驚きと、うれしさと、ほっとした安心感を得ました。

テレビにも出てるこんな有名な人が、そんな小さなことにしあわせ
って思うんだ〜!っていう驚き、

そして
そんな小さな当たり前のことにも、しあわせって思っていいんだ〜
っていううれしさ、

そして
それなら、わたしも、しあわせになれるじゃん!
っていう、安心感というか
わたしもしあわせになっていいんだよ
という許可を得られた気がしたのです。

ふわふわとしていた"しあわせ"が
双雲さんの具体的なしあわせを知れて
具体的にイメージできるようになったのです。



そのときから
しあわせななるものではなく気づくもの。
しあわせは他の誰かが、決めるものではなく、
わたし自身が決めるもの。
感謝できることが、しあわせにつながる。

ということが腑に落ちてきました。
そして少しずつ、自分の生活でも感じられるようになりました。

それから生きることがすごく楽になりました。
だって身の回りに感謝できることがたくさんあるから。

だから、わたしは
嘘偽りもなく、堂々と、誰の目も気にせずに
いましあわせだと胸をはって言えます。


そして、その時に思ったのは
双雲さんって子どもみたい!ということ。
なんだか、小さなことにもココロ動かしている双雲さんが
すごくワクワクして、楽しくしていて羨ましかったのです。

そんなこともきっかけに
わたしはこどもでいたいなあって思いはじめた気もする。。。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集