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心にギャルを住まわせろ

おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。

タイトルを見て、
「何それ?」と覗いていただいている方。

ようこそおいでくださいました。

出オチにならないよう、
しっかり自分の思考を曝け出します。

それでは、お付き合いください。


ギャルとは

ギャルの定義をを広辞苑で調べてみると、

「若い女性。女の子。」

とありました。

天下の広辞苑様もなんとざっくりな。
(というか、広辞苑に載ってるんですね)

私が論じる上でのギャルの定義は、

「考えをハッキリ、ズバッと、素直に言う人」

です。

ある日の会話の中で

この発想に至った経緯ですが、
友人との食事中の会話の中で生まれました。

ギャルが周りに多い友人は、
彼女らの性格・思考をよく知っており、

「ギャルならこうする」

というマインドを教えてくれました。

そのマインドは、
「いつだって自分の思いを基準にする」
ことです。

マインドを元に行動すれば、
「考えをハッキリ、ズバッと、素直に言う人」
というギャル定義に結びつきます。

ギャルは日常を本心で生きている。

建前は無く、
良いものは良い。悪いものは悪い。
イケてる。イケてない。

ギャル語の教養が無く、
ギャルの皆さんが日常で使っている
タイムリーな表現ができずもどかしいですが、
その生き方は建前を身につけていく多くの社会人には
あまり無い要素でしょう。

また、最近の初等教育の場でも、
建前は身につきやすいのではないかなと、
教育系分野のnote記事を読むと感じます。

SNSの普及・ストレス社会への変化などなど、
その原因は様々あると、素人ながら思いますが、

大人も子供も、周りの目が気になって、
「自分らしさ」を抑える人が増えている。

そう感じます。

私の過去にギャルはいなかった

私自身、小さい頃は、
親・教師・友達・隣の人、
色んな目線を気にして過ごしていました。

怒られたくない。
嫌われたくない。
見捨てられたくない。
傷つきたくない。


その感情のもとは常に、
他人から見た自分であり、

なりたい自分=他人にとって満足できる自分
でした。

本心というのは、
自分だけの世界で見出されるものであり、
他人が関わるとそれは偽物だと考えています。

「リトルホンダ=ギャル」

ギャルの皆さんの行動指針は常に、
「自分はどう感じるのか」
に重きを置いていると私は考えています。

これは、
本田圭佑氏がACミランに移籍する際の
コメントで有名なリトルホンダ理論と同義。

心の中で、私のリトルホンダに聞きました。「どこのクラブでプレーしたいんだ?」と。そうしたら、心の中のリトルホンダが「ACミランだ」と答えた。そういう経緯があって、ACミランに来ました。

2014年1月9日付  日刊スポーツより

社会的評価
自分のスキル
金銭的な問題

自分の可能性を否定する材料を全て除外し、
「自分はどう感じるか」
という行動指針で判断したのです。

心にギャルを住まわせろ

全ての行動指針をギャルに委ねましょう。

と言いたいところですが、
残念ながら今の社会では建前も必要で、
本音で生きまくって人間関係に悩むことが
良い人生だとは言えないでしょう。

時には建前を使いつつも心にはギャルがいて、
しっかりとした軸を持っている人。

そんな人が現代社会で一つ抜けていくのだと、
若輩者ながら感じます。

まだまだ青かった私は、
社会人なりたてから今に至るまで、
行動・言動のほとんどはギャルに委ね、
自分の思いを先行させて生きてきました。

その結果良かったことも、
そうで無かったこともあります。

具体的に言えば、
TPOという概念は、
周りを思いやるため生まれた考えであり、
社会通年的な概念を踏まえた行動は、
少々考えものでしょう。

ただし、自分の人生の選択においては、
基本的にギャルに委ねて良いのでは。

進学・退学・就職・転職・独立・結婚・離婚

その先にあるのは自分の幸せなはずです。

人は自分で自分を満たした時、
初めて他人を満たすことができる。

人生の選択を迫られた時、
悩み苦しむことも多いでしょう。

そんな時、
あなたの心のギャルは、
きっと頼もしい味方になってくれるのでは!

※筆者は決してギャル好きという訳ではなく、ギャルの方々に対しての見解はあくまで私見です。

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