こども流鏑馬
建物の裏手から、鬱蒼とした割に管理されたような森に抜けた。獣道よりも、より平された細道をたどり、ようやく澄んだ空が見えるところまで出る。眺め回してみるとどうもそこは神社の裏手らしく、本殿の裏に社務所のような建物と、こちらの道から入ってきても構わぬように手水社が見える。とりあえず本殿の方へ足を向ければ、地面が湿ったような土から砂地に変わった。
杜を除けば広大というわけでも狭隘というわけでもない、ちょうど良い敷地は裏手にいるにも関わらず人の気配を感じさせる。大抵神社という場所は、そう人声の響くような場所ではないし、そこに集う人間も、より他人をマジマジ見るようなものでないから、こう明るく人間の気配を感じることは珍しく思えた。
以前、神社の敷地の中で、常に何らかの視線を感じていたことがある。そこの社の主にでも観察されているのだろうかと夢想したのは、見渡す限り人間もいないようであったからであったが、結局それは何のことはない、杜の中に潜む数多の鹿が正体であった。鹿たちは人間が勝手に決められた山道をきちんきちんと往くのを、彼らの敷地から不思議さを持ってじいと眺めていたに違いない。あるいは彼らは本当に主の遣いか何かであるのかもしれないが。
ともかくこの度のこの偶然の社は、鹿どころでなく、人間が集っているらしい。さらに家族連れ、というよりか、子供が多く闊歩しいる。彼らは揃いの法被を羽織っており、これから神輿でも出るのだろうかというような様相である。神社に詣でればまずは本殿に赴くのが正道であろうが、子供たちはすべて決まったかのように裏へ行く。続く大人たちも当然そちらに向かうので、その方向に何があるのか、気にならないわけにはいかなかった。逡巡はしたものの本殿に伸ばしかけた脚を引っ込めて、子供たちについて行くことにする。
彼らは知った道をたどるように境内をずんずん歩く。本殿の裏を行き過ぎ社務所を越すと、遠くないところに厩舎と弓道場が見えた。弓道場と言っても館があるわけではなく、盛られた土と的があり、その随分手前に柵と踏み鳴らされた道がある。向こうに厩舎が見えることを考えると、それは流鏑馬のための場であろう。
その柵の周りには人だかりができていた。大人も子供も柵のこちら側で何かを見ており、時折拍手が上がる。通常馬が走るだろう道はその用途を為しておらず、遠く馬房の窓に栗毛の馬の頭が見えた。
群れなす人々の頭の隙間から様子を伺うと、まず見えたのは立烏帽子である。狩衣も見えることから、どうもそこに神職の人間がいるらしい。それが一度屈んで、身体を起こす。すいと構えた手元には鏑矢を持っている。それを水平に持ち、その神職はゆっくりと的の方に歩いていく。
とん、と軽い音。
数米先の的の中心へ、神職が鏑矢を手で当てたのである。その様に観客から拍手が起こった。的に当てた鏑矢は、脇に置かれた三方に、山のように積み上げていく。
神職が戻ってくる間に、人だかりの向こうから子供と、その親が連れ添って出てくる。その分人が動いたので人だかりの中心へ入ってみると、そこでようやく、行事の内容がよく見えた。
子供が一人、また神職の近くへと誘われる。子供の丈に合わせた弓が手渡され、ついで鏑矢も渡る。なるほど、射手は子供たちである。子供はよろけながら弓を引き、その矢が思わぬ方向に飛ばぬように神職が手助けしている。弓を引き切ると、放つ前に神職が鏑矢のみを貰い受け、それ射たかのように見せかけて、的へと当てているのであった。
決して本当に矢を射ているわけではないが、子供にとってはこれそのものだけでも非日常で楽しい体験だろう。神職が連れ添って矢を射る(真似事をする)という、一見厳かに見える行事であるが、子供が主役であるからか、あたりは賑わいを見せ、その華やぎが境内のすみずみに広がっている。列に並ぶ子供も、やり終えた子供も、まるで誕生日を祝われる時のように、にこにこ楽しそうである。
観客の言を聞いていると、これをもってこの神社では流鏑馬と呼ぶらしい。年齢の下限はなく、上は七つまでの子供がこの行事に参加することができ、それがどういう理屈であるのかまでは聞き取れなかったが、的の中央を美事に射抜くことで、その子供の健康祈願と厄祓いを行っているのだった。
行ったり来たりする神職の疲労を見せない顔や、弓にふらつく子供の微笑ましさ、周囲の幸せな賑わいをしばらく眺めたのちに人だかりを後にする。本殿へと向かう前に偶然目をやった厩舎で、またも栗毛の馬と目があった。白い鼻筋の馬はじっとこちらを眺めている。時折ふるふると顔を振るのが、自分を置いて賑わう人間を呼んでいるようで愛らしい。射手を乗せない彼らは果たしてつまらなく思っているだろうか。羨ましがっているのか、安堵しているのか、どうなのだろうなあと考えながら元来た道を戻り、そうしてようやく本殿へと詣でる。
……と、いう夢を見たのサ。
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