倫理学の専門家は他の分野の専門家と比べてより道徳的か
有名だけど読んだことがなかったEric SchwitzgebelとJoshua Rustの2013年の論文、``The moral behavior of ethics professors: Relationships among self-reported behavior, expressed normative attitude, and directly observed behavior''(https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/09515089.2012.727135)、ざっと目を通してみたが、とても面白かった。道徳について熟慮することがどのように道徳的な態度(何をどれだけ道徳的に善い/悪いと評価するか)と道徳的な行動に影響するかを調べるために、アメリカの大学教授の道徳的態度と振る舞いを、倫理学専門の教授と倫理学以外の哲学専門の教授、その他の分野の教授で比較した研究。
まず著者たちは道徳的熟慮が道徳的態度と道徳的行動に与える影響について、以下の4つのモデルを考える。
ブースターモデル:熟慮は態度と行動に影響を与える。(古代から多くの哲学者によって支持されているモデル)
合理化モデル:熟慮は行動は変化させないが、自分の行動を正当化するように態度を変化させる。(ジョナサン・ハイトとかが支持しているモデル)
効力のない発見モデル:熟慮は道徳的な真理の発見につながり、道徳的問題に関する態度(評価)を変えるが、しかしそれは行動を変えるには及ばない。(一部の倫理学者が自認しているように思われるモデル)
随伴現象モデル:熟慮は態度にも行動にも影響を与えない。
これらのモデルのどれが実情に合っているのかを調べるために著者たちは様々な道徳性に関連すると思われる事柄について、道徳的善し悪しを1から9のスケール(1は極めて悪い、5がニュートラル、9が極めて良い)でどう評価するかと、実際の振る舞いについて、質問紙で調査した。例えば選挙で投票にいくことについて道徳的な善し悪しを1から9のスケールで評価させ、さらに実際に過去数年の間にどのくらい投票に行ったかを尋ねるというように。質問にはほかに、遠くに住む母親に定期的に電話をすること、自分にとってのメインの学会をサポートするために学会費を払うこと、学生からのメールに返事をすること、チャリティーに寄付すること、血液や臓器を提供すること、動物を食べることなどが含まれていた。
全体として、倫理学教授と他の教授の間には、振る舞いにおいては大きな差はなく、ブースターモデルは当てはまらなさそうだということが分かった。また態度においても、態度と振る舞いの一貫性においても多くの項目において大きな差はなかった。ただし倫理学教授はチャリティーへの寄付、血液と臓器の提供、肉食に関しては他の教授よりも道徳的に高い基準を要求する態度を示していた。このことから、部分的には随伴現象モデルが当てはまり、部分的には効力のない発見モデルが当てはまるように思われる。とはいえ結果は複雑であり、調査には様々な限界もあるので、あまりシンプルな結論は導けなさそうである。
先行研究の結果として言及されていたものにも興味深いものがたくさんあった。倫理学教授が他の教授と比べて不道徳かもしれない事例として、大学の図書館から紛失する倫理学の本が他の分野の本より多いということが書かれていた。倫理学者の方が道徳的な事例としては、環境倫理学者は学会とかでゴミを放置することが少ないそうだ。
10年ほど前の研究なので、今調べれば色々違う結果が出るのではないかと思うし、日本ではまた違うだろう。