【読書記録2021】現時点で今年ベスト「羆嵐」
これを読みながら年を越した。すさまじく良かった!怖かった!感動した!今年ベスト!明けましておめでとうございます。
北海道の大地を開拓して、貧しいがどうにか住めるようになった村を巨大な羆(ヒグマ)が襲う。
本州にいたときに、北海道のクマはほかと違うとは聞いていたが、大切にしてきた仲間が必死でつないできた命が一瞬で終わって、はじめて「自分たちは奴らの住みかに侵入したエサにすぎない」ことを悟る。
勝つか負けるか、ではない。
食うか、食われるか。
食われるということは、勝者の栄養分にされるということだ。
だれにも弔ってもらえない。勝者のわずかな楽しみになる。それが心の芯まで冷えるほど恐ろしい。
村にあるのは古い猟銃が5つ。最初は、それだけ撃てばどれか羆に大けがをおわせて、当たらなくても向こうが警戒するだろう。
その程度の敵だろうと期待するが、実際には銃と鎌で武装した男たちの集団は、真っ青になって雪の中を今にも倒れそうな状態で逃げ帰ってくる。
まず、この時代の銃は、鉛をとかして弾を作るところから始める。引き金をひいてもカチッと鳴るだけで不発に終わることもある。
真っ暗な中を「何か動いた!」って震える手でカチッと鳴らして、腰が抜けないように帰るのが精いっぱい。
土地を開墾して、たまに、昔、猟をしていたことを自慢げに話すようなお父さんたちの誇りはボロボロにされて、屈辱にまみれて、耕した土地を明け渡す。
男たちと読者の心が折れた瞬間はいくつかあったけど、それは破壊された家と犠牲者の無残な姿を見たときと、2度目に様子を見に行って「でかい糞」を発見したとき。
これは衝撃だった。食われるということは、勝者に排せつされて、長い髪のまじった「糞」にされるんだ。羆は近くにいる。俺たちもこうなる。完全に男たちは戦意喪失して、食われかけの家族を残して時間稼ぎにして、涙目で帰ってくる。
そこまでは、ホラー映画的な楽しみもある。
逃げて羆のうわさが伝わって、きちんと統率のとれた警察組織と、手に手に銃を持った周辺の村の男たちが集まって、反撃のターンに転じる。
第一次、第二次世界大戦の話ではさむ構成もいい。
戦争による景気の変化の話から始まって、羆と戦った猟師たちはのちに兵隊として戦争に参加する。
大きい戦争で、小さい戦争を挟む。
望んでないのに、ずっと土地を争って撃ち合いをしながら生きている人間の悲しさが胸に残る。
「釣りキチ三平」の矢口高雄さんバージョン。原作を先に読むと、こっちはちょっとクマの目がかわいい。
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読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。