「後ろ手はやめろ、飯を食うときどうするんだ」吉村昭「破獄」ネタバレ有
昭和11年の青森刑務所を皮切りに、秋田刑務所、網走刑務所、札幌刑務所、4回脱獄した佐久間清太郎の生涯を、それぞれの看守らの視点でたどる。
実際の証言を元にした小説です。
まずむかしの刑務所の様子だけで面白い。その中でこっそり練る策略。ミステリー的な脱出の面白さと、佐久間という得体の知れない男。
ひとつ刑務所を突破してはなぜか捕まってくる。
日本の状況が変わって、いちばんつらい戦時下では敗戦ムードが看守の様子にまで及んでいる。兵隊にとられて刑務所の働き手が足らず、犯罪者の中で力のある者が看守よりでかい顔をしている。その中で、天才脱獄犯・佐久間はなにを思うのか。
脱獄といっても、刑務所は木造で、カギも針金で開いたりするので、現在にくらべれば「できなくもない」のだが。
特に3、4回目の脱獄が、読者も思わず正座して拘束されたイメージで読んでしまう面白さ。
人なみ外れた器用さと身体能力の佐久間は、正当防衛と証言するが殺人を犯した男。2度の脱獄で刑が重くなり、ついに脱走者ゼロ、鉄壁の網走刑務所に連れてこられる。
座ったまま、動くことさえ許されない。屈強な看守が交代で見張り、不意に窓を開けられ、隣には模範囚を配置して物音がしたら報告するようにされている。
何もさせてくれないという拷問。暖房のきかない冬の北海道を薄い服と布団だけですごす。
それなのに、ある日看守は、食事を差し入れる小窓に、はずされた手錠がそろえて出されているのを見て絶句する。本人は何食わぬ顔で座っている。
はずした手錠を出したことは、佐久間なりの「誰も俺を拘束できない」という挑発だ。
看守は、いっそうきつい拘束を命じる。
佐久間は、足かせと、特別に作ったカギ穴のない手錠を「うしろ手」にされた。
このときだけ、「うしろ手はやめろ」と激しく抵抗する。手錠を前にするか後ろにされるかに、人間として扱われるかどうかの境目がある。
食事は犬のようにおこない、寝返りもうてない。
すっかり弱り切った佐久間を見て、周囲もさすがにつらくなり、手錠は前にする。毎回ネジ山にあたる部分をつぶして外れないようにして、入浴のたびにヤスリで鎖を切る。
重い特製手錠の腕には傷ができ、放置されてウジがわいた。
それを見て看守はすまなく思うどころか、
「手錠をするだけでは傷はできない。力をこめて手錠を外そうとしたのでは」と疑う。
それだけの苦痛にまみれた生活の中で、佐久間の表情は落ち込み、ほんの少しづつ警戒に緩みが出てくる。
そりゃそうだ。入浴のたびに手錠の鎖を切って、付き添いに囲まれるような面倒はいつまでも続かない。
前手錠にするとき、看守が「おれたちも鬼じゃない。お前が反抗的だからこうしないといけなかった」と言う。
自分は正常なんだ、仕方なかったと言い聞かせて罪悪感をへらしている。
そして、ついに布団の厚みがおかしいことに気づいた看守。
建設されてから1度も鳴ったことのない緊急ベルが鳴る。
耐えて耐えて耐えて、たっぷり読者も苦痛を味わって、そろそろ許してあげて!と思わせてからついに実行した!
最後の、4回目の脱走は、それまでと全く事情が違う。
日本の戦局が危うくなってきて、空襲で街も人も焼かれ、看守が囚人の食事を盗み食いする事件まで起こる。
米から、麦、どんぐりなどを代用するようになって、みそ汁は塩と芋のカケラが入っている水になり、市民はなんとか海藻などを口にしていたが、栄養失調でバタバタ囚人は倒れていく。
広島・長崎に新型爆弾が落ちたらしい。外国人が刑務所にまで口出しして、男は殺され、女はさらわれるらしい。
壁の中も外も変わらない。
生きていること自体が罰なんじゃないか。どこにいても同じじゃないか。
外に自由はないのに、それでも佐久間は脱獄をする。
一層おびえて暮らすことになるかもしれないのに、それでも塀の外に出ようとする行為が、なにか哲学的なものに思える。
看守側の心はとっくに折れていた。彼らは敗戦と栄養不足で弱り、網走刑務所の職員のような誇りはなく、囚人の佐久間から
「進駐軍に不当な扱いを受けたと言いつけるぞ」
と逆に脅されていたことを、目に涙を浮かべて告白する。
佐久間の消息は消え、野垂れ死んだものと思われたが、何度も突然出てくるのがこの男の謎なところだ。
ある日、商売人にしても大きな荷物をかかえた男が警察に呼び止められた。タバコを1本もらった彼は、「佐久間です」と名乗る。
今度こそ死刑かもしれない、その気になれば持っていた日本刀で戦えた男が、タバコ1本で「ホロッときた」から自首して、今度こそ逃げられない府中刑務所で刑期をまっとうすることを選ぶのだ。
何も考えてないのかもしれないし、とても崇高ななにかを持っているようにも思える。仕事。罪。駆け引き。自由。戦争。日本。そして謎の男の胸の中。読んだ人のぶんだけ見方がある一冊だ。