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『よるの童話』

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心のどこかが疲れた大人(ミモザ)による 同じようにどこかが疲れた大人のための物語集です。
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記事一覧

歩道橋の上で

子どもの頃は面倒だった歩道橋 通学路にあって必ず使わなければならない 面倒だから下の道路を渡ってしまいたかったが 良い子の私は絶対に決まりを守っていた いやいや守っていた なのに今は歩道橋に上がるのが好きだ 少し空に近いし 少し運動になるし 少し不思議な場所だから え?不思議?どこが? そういうあなたは何も見ていない いつもどこでも何も見ていない 歩道橋のまんなかで 空をみあげたり 遠くを眺めたり 下を見下ろしたり 手すりをさわってみたり 前から誰がくるか気にしたり 足

閏年の王様👑【シロクマ文芸部】

閏年の閏って漢字が急にすごく気にかかった。 門の中に王様がいる! すぐにスマホでググった。 「常の月の一日には宗廟にいる王が、閏月には門の中にいるという、古代の儀礼による字という」(と角川『新字源』に書いてあるらしい) やっぱり王様が門に…王様…王様…私だ… 1月に家でガレットデロワを食べたとき、私が食べた一切れの中にフェーヴが入っていた。小さな王様のフェーヴだった。 ガレットデロワは流行りもの好きのママが、パリで修業したお姉さんが開いた近くのパティスリーで買ってきた。 嫌

合わせ鏡で口笛吹いて【青ブラ文学部】

ママが洗面台の鏡に向かって身を乗り出し、手鏡で合わせ鏡にしながら角度をあれこれ変えて頭を見ていた。口笛を吹きながら。 「ママ、何やってんの?」 ママはそのままの姿勢で私を見ずに 「はげちゃったから見ようとしてるの」 と答えた。 「指で触ったら円形脱毛出来てたから、大きさ見ようと思って」 「ふうん…」 私は他に言いようがなくて質問した自分を後悔しながら少しずつ後ずさってその場を去った。私は知っている。ママは仕事が大変だったり、役員をいっぱい引き受けてたり、パパやおばあちゃんから

【短編】すずらんと木馬と私【うたすと2参加】

(1,719 文字) すずらん祭りの夜。 町にはすずらんのブーケを持った女の子があふれている。すずらんの香りがあふれ、喜びのさざめきが満ちている。 おめかしして、ふわっとした白いワンピースを着た私はそんな人混みからそっと離れた。 あの人が私にすずらんをくれるって言ったのは約束だと思っていた。違った。約束じゃなかったから忘れられた。 他の娘にあげたのかもしれない。 ブーケ・デュ・ミュゲ すずらんのブーケを持たない私は一人帰路につく。 自分が悪いと思うと我慢は楽だ。 約束と勘

短編” 夕焼けのきれいな日のチーズケーキ ”【シロクマ文芸部】

夕焼けは私の気持ちを不安定にさせる。 だれかが夕焼けをみて「きれいな夕焼け!」と叫んでる。 きれい?どこが?怖い。 あんなに赤い空、どうしてみんな怖くないの? 私はいつも怖くて誰かに縋り付きたくなる。 でも縋り付ける人なんていない。 せめて誰かに「怖くないよ、大丈夫」って言ってほしい。 そんなこと言ってくれる人もいない。 私は一人できゅっと口を結び、足に力をいれて立ち、深呼吸する。 一人でも大丈夫。 だれかいなくても大丈夫。 大丈夫。 「お茶を飲みにきませんか?」 足元から小

【短編】庭のバケツの中のぼうふら

(注意:少し暗いです) 秋なのにものすごく暑かったので、ふと見た植木の近くのバケツにたまった水の中の”ぼうふら”がうらやましく思えた。 仕事も暮らしも何もかもがもう嫌。 「いいなあ、水の中のぼうふら」 つぶやいたら私はもうバケツの中のぼうふらで、バケツの中の水は少しも冷たくなくて、今までいた世界と同じ息苦しい暑さだった。 後悔しても手遅れだ。 後悔なんて人生で何の役にも立たない。 「あと少しのがまんだよ」 横でやさしい先輩ぼうふらがくねくねしながら、新入りの私に声をかけて

詩のような短編 ” 風の色 ”【シロクマ文芸部】ピアノ曲付朗読

今回は先日”つるさん”に作って頂いたピアノ曲に合わせて朗読しました。良かったら聴いてみてください✨ 風の色をその人にたずねてみると 「金色」 と答えた。 「じゃあ昨日の風は?」 「銀色」 「一昨日の風は?」 「虹色」 「明日の風は?」 「黒」 私は息を飲んだ。 それまでは一つずつ答え合わせをするように、それぞれの日を思い浮かべていた。 昨日は静かな美しい日だった。細かな雨が音もなく降り、町を銀色に染めていた。風は姿を見せぬように建物の間をすべっていた。 一昨日は虹をみた。大

短編” 月の種 ”【シロクマ文芸部】

「月の色…」 月の絵を描きかけて手を止めた小さな弟を、私はじっと見守っていた。 弟は窓の外に顔を出して月を見上げる。今夜は十六夜だ。ほとんど満月だ。窓を開けると星の音みたいな虫の声が聞こえる。 「お姉ちゃん、月って何色?月の地面も地球とおんなじ色?」 私は首を振る。 「知らない。行ったことないから。 でもなんとなく、地球より白っぽいような気がする。気がするだけだけど」 うん…とつぶやいた弟は色鉛筆を置くと、ズボンのポケットに右手を入れてごそごそ何か探し始めた。小さなポケットな

短編” 檸檬とミモザ ”【シロクマ文芸部】

「レモンから涙が…」 私の部屋に住んでいる妖精座敷童の檸檬ちゃんがいう。 私はテーブルの上の檸檬ちゃんの前に置いたレモンを見る。 檸檬ちゃんに見せようと思って庭の木からとってきたレモンだ。 レモンをもぎとると、手もレモンの匂いになる。 私は自分のその手を嗅ぎながら、レモンをじっと見る。 確かに。そこにはまるで涙が流れるように二粒の水滴が流れていた。何故?水で洗ってよく拭いたのに。 顔を寄せるとそのレモンの涙の中に自分が映った、と思うけれど、小さくてそれが見えたわけではない。

喫茶斑猫

斑猫という名のひみつの珈琲店があるという。 とてもとても信じられないほど美味しい珈琲を出すという。喫茶店マニア、珈琲マニア、ただのミーハーな喫茶店好き達はなんとかしてその店の珈琲を飲んでみたいと思うが辿り着くのも難しい。 その店はとある古本屋の奥にあるという。 普通の人には欲しい本が一冊もないような、でも見る人が見たら欲しい古本ばかりというような、静かで狭くて古くて昔の匂いがする古本屋だ。柱にかかった色褪せた振り子時計がかちこちといつかわからない時を刻んでいる。 もちろんそれ

短編 ” 虫取り少女、雲を捕る ”【シロクマ文芸部】

夏の雲をひとつ、捕まえた。 広い公園の外れの丘の上で、虫取り網を振って夏蝶を捕ろうとしていたのに、網の中に入ったのは小さな夏の雲だった。 逃がしてしまわないように、網の口をすぼめて、手を差し込んで雲を触ってみる。もふもふ、もこもこしている。綿菓子みたいだけど、もう少ししっかりしている。霧みたいじゃなくてクッションの中の綿みたい。指で押すと凹む。離すと戻る。 そして少しひんやりしている。綿菓子みたいにべたべたしていない。 良いものを捕まえちゃった。蝶々より全然良い。こっちの

短編 " 風鈴の中の… "【シロクマ文芸部】

風鈴とあなた。 どちらも幻だった。 あなたが買ってくれた風鈴には色々なものが入っていた。 晴れた空とか、蝉の声とか、虹のかけらとか星屑とか。花火とか。 あなたが私の部屋にいたあの夏の午後、 ちりんちりん、かちゃかちゃ、という音が近づいてきて、窓から外をみると風鈴売りが通るところだった。 「風鈴売り!初めて見た!」 私が小さく叫ぶとあなたは「買いに行こう」と言った。 二人ですぐに外に出て、風鈴売りを呼び止めて、決断力のある私はすぐに一つ選んで買ってもらい、部屋に戻ると窓辺に

短編” 浮ついた夜 ”【シロクマ文芸部】

夏は夜を浮つかせる。 夜というのは落ち着いた静かなものなのに。 夏になると夜はたちまち浮ついてしまう。 だから私も浮ついてしまい、夜中にこっそりと外に出た。 別に、大人なんだからこっそりも何もない。 堂々と外に出れば良いのだ。 でも浮ついていると思ったのに、外に出てみると、しんと静かだった。 浮ついた雰囲気などなくて、誰もいなくて、秋を思わせる虫が一匹、どこかで静かにリリリと鳴いていた。家の中はむしむしして眠れなかったのに、外には気持ちの良い風まで吹いている。 私の浮ついた

短編”赤いポストの角を曲がると”

昔風の赤いずんぐりしたポストが立っている角を向こう側に直角にきゅっと曲がると、私は時々いつもと違う世界に入り込んだ。 そういうとき、そこにはいつも男の子が立っていた。彼の前では私は、いつものつまらない平凡で目立たない私でない特別な女の子になるのだった。彼は私が現れると破顔し、さっと近寄ってためらいなく手を取るのだった。彼はとてもきれいな顔立ちの、こぎれいな身なりの同い年くらいの男の子だったから私は嫌な気がしなかった。声もとても良い声なのだ。 「みかげちゃん、会いたかったよ、ず