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読書感想文 月のぶどう

曾祖父の代から続くワイナリーを営む家で生まれ育った双子の姉・光美と、弟・歩。出来のいい光美と比較されて育った歩は母が急死し葬儀の時泣くことができなかった。ワイナリーの代表を務めた母の急死によって生じたワイナリーの経営や親戚、同僚、友人との関わりから二人が自らの生き方や自分自身と向き合っていく。


姉の光美は母親に似て完璧主義で近しい人にも弱さを見せられない性格。弟の歩は幼い頃から快活明瞭な姉と比較されて、母親の期待を裏切ることを恐れ、いまひとつ物事に対して真剣味がないような、ふわふわとした性格。歩視点で書かれているので、実は感性が鋭くて思慮深い優しい人というのがよく伝わる。
母親の死後、ワイナリーの仕事を手伝うように光美に言われたことでやることになったが元から働いていた日野や森園には冷たく接せられる。二人とも各々の理由があって歩に冷たくしている。日野とのエピソードは職人肌な人あるあるだなぁと思って読んでいた。
日野の、日野にしか任されない仕事を他の人に教えないことに、どうせすぐ辞めてしまうなら教える意味ないだろう、労力に見合う成果を得られないだろう、と日野自身がそう思っていること、周りの人から見てもそう見えること。さらに周りの人は、その仕事がみんなができるようになったら自分の役割や居場所が失われると思っている、とも見えるというところが深く、深く、同意した。
歩の、日野が人に教えてその人が成果を出さなくとも日野自身が損なうのではない、というような考え、台詞には同意半分、同意したい気持ちがもう半分だった。私もそう思っていたい、周りにそう思ってもらいたい、といつも思う。

労働者が不足して、たとえ入っても一週間で退職者が出たり正社員の新入社員が一年経たずに辞めるような会社や現場には日野みたいな人がけっこういると思う。そういう人は教え育て育たなかった時、骨折り損と思うのだと思う。それで長く勤めていて感覚で仕事がデキる人が多い。感覚でやっているから言語化するのが苦手で説明が下手な人、上手く伝える気のない人が多い。私は教える楽しさを感じてほしい、楽しく教えてやってほしい、と思う。性格や年齢や覚え方、覚える速さ、得意不得意、人によって全く異なる。教える、は一筋縄ではいかない。クセがある現場ほど、ある程度問題やクセのある人が来るものだから、かもしれないが。
私は日野のような人が案外好きなのだ。感覚派で職人気質、気難しそうな人とする仕事は正確だから。でもそうではない人たちが、そんな人たちを支え正確な仕事をさせる環境を作っているのだと思っている。

歩の日野へ言った言葉を私が現実で使っても効果はないだろう。だって日野は光美とワイナリーを大事に思っているから。だから歩の言うことも聞き入れられる。羨ましいな、良かったな、と思う。


文庫本の3分の2を過ぎた辺りで光美と歩は変わっていく。光美は歩に対して羨ましさや妬ましさが表面に出てくる。歩は行動力がある一面がよく出ている。
実写ドラマ化か映画化してくれないかなと思う。
すでに実写化されているのでは、と思って調べもした。
ぶどう畑での描写が実写で見たいなぁ、きっと綺麗なんだろうなぁ。
ぶどうが発酵していく、ワインが産まれてくる音を姉弟二人で樽に耳を澄ます場面も実写で見たいなぁ。


月の味ってどんなんだろう、と双子が話す場面で、私の昨晩の入浴剤の香りのことを思い出した。星の香り、正確にはきらきら星をイメージした香りと書かれていた。においや味や食感、舌触り、音や声、温度や湿度、感覚を言語化するのは難しくてたのしい。


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