岸政彦『にがにが日記』新潮社
岸さんが仕事や飲み会で超多忙な日々の合間に書いた日記。想像したまんまの日常だ。張り切って仕事したり、来る仕事をどんどん引き受けてしまって鬱状態になったり、好きな仲間と徹夜に近い飲み方をしたり、猫を猫かわいがりしたり、死んだ猫のことを思い出しては泣いたり、ライブで演奏したり、奥さんとだべったり散歩したり飲んだり。ところがそのうちコロナで自粛ということになり、あの岸さんでも一日家に籠るようになる(驚き)。でもそのうちちょっと抜けだしたりする。そして最後は「おはぎ日記」。22歳で認知症になってしまった猫のおはぎを夫婦で交代で介護する。最後の息を引き取るまで二人で看取る。
抜き書き。
・「ほかの人に対して不公平になるから」という言葉は呪いの言葉だ。もうひとつ、「何かあったときにどうやって責任を取るのですか」も、きわめて効力の強い呪いだ。このふたつによって私たちは自分の首を徐々にだが確実に絞めていくのだ。
・夜中、小さなラジオを小さい小さい音で鳴らしながら書いている。何を言っているかわからないぐらいの小さな音で。(中略)小さな音量の悪いスピーカーから、アナログの音を流しているととても落ち着く。
・あんなに泣いたのにきなこを思っていまだに泣いている。/もう一年半が経つんだけどね。/さみしい。切ないという気持ちが消えない。どこで誰と何をしてても、気持ちの底にさびしいという感情が常にある。
・いまの大阪での人生は、他の街で人生を送っていた別の俺が空想してるものなのかもしれないと、いつも思う。
・女の話を「ちゃんと聞ける」男はめったにいない。
この日記では最初の勤務校の龍谷大学の卒業生もよく出るし、次の立命館のことも詳しく、本の最後は京都大に移籍することになる。(その結果、給料はどんどん下がる。国立は安いのだ。)本も次々出し、小説は文学賞候補になり、傍目には成功しているように見えるが、やっている本人は落ち込みやすい性格ということもあって楽しいだけではもちろんない。いろいろたいへんだが、中身の濃い人生であることは確かだろう。これからも長い散歩を楽しむ時間だけは取れますように。
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