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ジョイス・キャロル・オーツ『ジャック・オブ・スペード』栩木玲子訳、河出書房新社

品のあるホラー小説を書く作家アンドリュー・J・ラッシュには、実は心に秘めた暴力性があり、最近では家族にも黙って匿名作家「ジャック・オブ・スペード」としてもホラー小説を書いている。こちらの方は、マッチョで、品性がなく、やたらと残虐に人が殺されるのだ。あるときラッシュが近所に住む素人作家の老婆に「自分のアイディアを盗んだ」と訴えられたのをきっかけに、彼の中で「ジャック・オブ・スペード」の声が大きくなっていく…。つまりこれはジキルとハイドのような人間の二面性を描いた小説なのだ。

だから一応ホラー小説なのだが、クスリと笑ってしまうコミカルな味がある。それは「スティーブン・キング」の名前がやたらと出てくるから。まずは作家ラッシュはその上品さから「紳士のためのスティーブン・キング」と呼ばれている。有名作家が素人から「アイディアを盗った」と訴えられるのはよくあることらしいが、その例としても「スティーブン・キングも訴えられてね―」という話が出る。ラッシュが老婆が入院した病院に親戚を装って電話をかけるとき、名前を訊かれて思わず「スティーブン・キング」と答えてしまうし、老婆の家の留守番に会って名乗るときにも同じく「スティーブン・キング。スペルは違うけど」と言ってしまう。さらにはこの老婆が書いた小説『グロワリング』は内容がどうやらキングの『シャイニング』と酷似しているらしい。などなど、あまりにキングの名前が頻出するので「実在の作家の名をこんなに出して大丈夫なの?」と心配になるのだが、後書きを読むとどうやらオーツはキングと仲良しらしいのだ。きっとこの小説を読んだキングがおかしがる様子を想像しながら書いているのだろう。

まぁ、そんな風なのであまり怖い小説ではなかった。実は怖がりのわたし(だったらホラーを読むなよ)なのだが安心して読めたのだった。


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