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カメラを持つことで、意識的に日常の変化に気づく。見ている景色を形に残し共有する喜び。

カメラを持つようになってから、日常のさまざまな場面を写真として形に残したいという気持ちが強くなっている。例えば、散歩をしている時にいつも歩く道も冬と春で違う道に感じるし、工事中の道路や川を見て日に日に変化している様子をカメラに収めてもおもしろいのではないかと感じる。

楽しいから続く

写真を撮ることは楽しい。

写真は、今その一瞬を切り取り未来に残す。その時の状況や感情を形として残し、未来の自分へ周囲の人へ共有する。振り返ることで新しい発見に気づくこともあれば、単純に楽しかった記憶を思い出すことができる。

撮った写真がうまくとれたと感じること以外にも、撮影している時の‟パシャッ”というシャッター音も好きだ。「写真を撮っているんだ!」という自己満を感じられる。今の私にとって、楽しいの連鎖を生み出してくれるものがカメラだ。


風景を撮る

風景はカメラを通してみた時に、視覚で見ている時と同じ迫力やきれいさを出すことはとても難しいと感じる。いかに同じ感動を記録として残すかを楽しみながら撮っている。

最近ふと感じたこと。毎年同じような時期に力強く満開に咲く桜。どうして日本人の多くは毎年見ている桜を飽きもせずに毎年見に行き、さらには写真を撮ってしまうのか。その一人である私も、今年、咲いた桜を見に行った。桜を見ることで春を感じたいのか。新しい季節を楽しみたいのか。他の植物で花が咲いたからといって、桜ほど注目して見に行くようなことはない。桜の開花予想や開花宣言がニュースで報道される。タンポポ開花宣言もあってもかわいいのではと思うが、実際には報道されないし特に注目をしている人も多くはない。やはり桜には、人を惹きつける不思議な魅力がある。

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人物を撮る

人の表情や動きを撮ることも楽しい。レンズを向けて「はい、チーズ」と写真を撮られる顔をしている人を撮ることも好きだが、会話している時や歩いている時に見せるふとした表情を撮ることも好き。作られた笑顔よりもその人らしい表情を収められた時の喜びは、ひとしおだ。

写真を撮る中で一番好きなのが、人物だ。いつか人を撮る仕事もしてみたいなと思う。


日常を撮る

旅行やテーマパークなど非日常での出来事や思い出を撮ることも楽しい。しかし、日常のほんのひと時を写真に納める。頑張りすぎていないささいな幸せを感じれる。

人によっては、「なんでこんな写真を撮ってるの?」と言われてしまうこともあるが、私にとってはこの日常を撮りたいと思う。なぜだかそこに小さな幸せがあると思うから。当たり前を当たり前だと思わずに、時々何気ない日常を撮ることで平凡な毎日にも感謝ができるように生活していきたいのかもしれない。

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他の人が撮った写真から得られるもの

写真を通して、自分が見ている景色を他の人へ共有することができる。逆に他の人が撮った写真から、新しい発見や自分が知らない景色を知ることもできる。

「こんな視点で日常を見ているんだな」「こんな景色が見られるんだな」と自分とは違う背景や状況などを想像しながら楽しむことができる。意識的にでも無意識的にでも、その人が撮っている写真を通して他人の人生を垣間見る。加工をしてたとしても、その人の作品として人間ぽさを感じれるのがおもしろい。


写真や文章を通して自己表現

これまで自分の感情を表に出すことは「恥ずかしい」ことだと感じていたから、なかなか自己表現がうまくできていないと感じていた。しかし、カメラを通して自分の見ている情景を見てほしい。

自分が取り組んでいることを外部に発信し、見てもらえていると感じるこの場所はありがたいなと思う。noteを通して、自己表現ができ前向きになれている今の気持ちを文章に残していきたいと思う。

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