日本で一神教が受け入れられない「わけ」
自民党総裁選も終わり岸田内閣が発足して1週間。
もうすぐ衆議院総選挙も始まりますね。
新総理は日本をどのように導いていくのでしょうか。
私は情報源として時々ネットでJBpressというメディアを
拝見するのですが、少し前にこんな記事を見つけました。
「岸田首相に変えられるか、現場優秀、社会システム三流の宿痾」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67138
日本の社会システムは平時にはとても優秀に機能するが、
昨今のパンデミックのような危機になった場合、
米国に比べてその脆弱性が露呈するという内容でした。
その理由として日本と米国の国民性の違い、
言わばリーダーシップ観の違いがあるのではないか。
米国民は自分たちが選挙で選んだリーダーには
強いリーダーシップを発揮することを期待するが、
日本人はたとえ自分たちが選んだリーダーであっても、
その支配や権力がひとりに集中することを好まない、
というのです。
私はこの記事を読んでなるほどと思いました。
日本の歴史を見ても天皇が強い支配と権力を
持っていた時代はほんのわずかです。
現代の政治を見ても強いリーダーシップを持つ
総理大臣は少数の例外を除いてごくまれです。
それは、すなわち、日本人はひとりのリーダーが
強い権力を持つことを嫌う国民性を持っているから、
・・・とも言えますが、もっと言ってしまうと、
リーダーを敬うふりをしながらも、その権威を笠に着て、
自分の利益のために上手く利用することを良しとする、
そんな国民性なのではないかと、私は感じています。
このようなリーダーシップ観に成り立つ社会システムは
パンデミックのような危機においては
当然のことながら迅速な意思決定が難しくなり
弱さを露呈するのは当然のことのように思います。
さらにもっと言ってしまうと、
わたしはこの米国と日本の国民性の違いは、
一神教と多神教の精神構造の違いなのではないかと、
思っているのです。
一神教と多神教の精神構造の違いについては
前回の記事に書きましたのでご覧ください。
( https://note.com/mimeguminoah/n/n9635585e8805 )
私もキリスト教に回心するまでは、30年以上
日本の多神教の文化に染まっていた人間ですので、
教会に通い始めたころは、天地を創り、
絶対的な権威を持って世を支配する神という存在に、
「許せない」「あり得ない」「恐ろしい」といった
受け入れ難い感情を持ったのは事実です。
ですので、多神教の文化に永く馴染んでいる日本人が、
キリスト教のような一神教を受け入れがたい気持ちも
正直なところ理解できます。
でもこの精神構造が日本人を本当の神から遠ざけ
同胞である多くの日本人が、世の終わりに
「白い御座」で裁かれ、火の池に投げ込まれるという
事実は、私には本当に耐え難いものであります。
「白い御座の裁き」については以前のこちらの記事を
ご参考にしてください。
( https://note.com/mimeguminoah/n/n8333072bd03d )
どうかすべての日本人が天と地を創られた本当の神を知り、
愛と恵みに富む本当の神を崇めて礼拝する。
そのような世の中になりますように。
どうかみなさんに豊かな神の祝福がありますように。