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そうじナッジが失敗するとき〜教師の在り方の重要性〜/小学校/清掃指導


そうじナッジの失敗を知る

「そうじナッジ、全然上手くいきません!」
いつかこのような相談をいただける日を夢見て、
日々考えや実践を発信しています。

物事を成功させたい場合
「どうしたら失敗になってしまうのか」
理解しておくことは非常に重要になります。

今日は私が考え得る
そうじナッジの失敗例について
お話しさせていただきます。

失敗①ある初任者先生の場合

掃除終わりに行う
振り返りの場面を再現しましょう。

教師
「はい、では今日の掃除の自己評価します」
「Cだった人?」(5人挙手)
「いけませんね。なぜふざけて掃除してたの?」
Cの子ども
「え、だってめんどうくさかったんだもん」
「そうじやる気ありませーん」
教師
「ちゃんとやらないとだめでしょう」
「他の子はちゃんとやってるでしょ」
Cの子ども
「・・・・」
「うるさいなぁ」
教師
「最近ずっとCですね」
「どうするの?このままでいいの?」
「そうじはちゃんとやらないとダメですよ」
周りの子ども
(早く休み時間にしたいなぁ)
(わたしは頑張ったんだけど、嫌な気分・・)
Cの子ども
「はいはいわかりました」
「早く終わってくれない?」

徐々にCの人数が増え、
Bの人数も変わらない結果に・・・
そのうち先生も根負けし、
そうじナッジをやめることになってしまいました。

失敗②ある中堅先生の場合

教師
「はい、では今日の掃除の自己評価します」
「Cだった人?」(5人挙手)
「Cの子達、休み時間残りなさい」

ー休み時間ー

Cの子ども
(ドキドキ・・・)
教師
「ちゃんとまじめにそうじできますか?」
(上手に、静かに怒りを露わにしながら)
Cの子ども
(こわい・・・)
「はい・・すみません」
教師
「明日先生が見回ります」
「できていなかったら、注意します」
Cの子ども
「はいわかりました」

次の日、
怖がっていたCの子ども達は、
ちゃんと掃除をしていました。
「やればできるじゃないか!」と先生。
しかし、それも束の間、
先生が見回らない時はふざけるように。
そうじナッジは
教師をごまかすだけの存在となり、
形骸化し、
いつの間にかなくなっていました。

失敗③あるもぐらたたき先生の場合(私はこれでした)

そうじ中の場面

教師
「こらっ!ちゃんと掃除しなさい!」
子ども
(バツのわるそうな顔)
教師(べつの掃除場所を見にいき・・・)
「ちゃんと掃除しましょうね〜」
子ども
(えへへと気まずそうに笑う)

そうじ中に指導を入れているので、
当然、自己評価の場面に
驚きはありません。
評価はもう先生にされているので。

なかなか成果が出ず、
そのうち教師も自信をなくし、
そうじナッジを
やめることになりました。

そうじナッジは「なんのために?」

どうでしたか?
読んでいれば、
「そりゃ失敗するだろう」という
内容かもしれませんが、
意外と現場で多く見られる
光景ではないでしょうか。

この失敗例の共通点は、
そうじナッジの目的
理解していないことになります。

何度もお伝えしていますが、
そうじナッジの目的は
「そうじをさせるため」の便利道具
ではありません。
そうじナッジは
よりよい意思決定を自分で掴み取るため
練習です。

当然、練習ですので
失敗することはあります。

しかし、段々と上手になります。
上手になるようサポートするのが、
教師の役目となります。
そうなると、
子どもを咎める存在では無くなります。

上手にボールを投げられない子に
叱責などしません。
どうしたらボールをうまく投げられるのか。

子どもの伴走者
自然になることができます。

そうじ指導をなんのためにするのか。
失敗例に当てはまる時は、
「目的」を振り返ってみると
気づけることがあるかもしれません。

良し悪しではなく、あなたが何を大切にしたいか

ここまでお話ししましたが、
そうじナッジの目的が
絶対に「良い」というわけではありません

私の場合、
学校で提案される
「愛校心」「清潔」「協力」
などの目的で、
腑に落とすことができなかっただけです。

大切なのは、
目的の良し悪しではなく、
あなたが何を大切にしたいか
です。

「そうじのプロになってほしい!」
「物に感謝できる人になってほしい!」

あなたが届けたい価値観
ぜひ子どもに届けていただけたらと思います。

そしてもし、そうじナッジの価値観に
興味をもっていただけましたら
いつでもDM、コメントください。
では、また次の記事で。


あいさつナッジ↓(はじめてのナッジに最適です)


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