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山崎豊子の初期作品に社会派作家の片鱗を探る
銀行合併を取り扱った「華麗なる一族」、有名な航空機墜落事件を題材にした「沈まぬ太陽」など、戦後社会の様々な問題に鋭く切れ込む社会派小説で有名な山崎豊子さん。
その創作のルーツを探るべく、初期の作品を読み漁ってみました(多少ネタバレがあります)
暖簾
山崎豊子さんの最初の作品です。商売での信頼の元となる「暖簾」を親子二代で大切に守っていく描写が印象的でした。後年のドロドロした作品を読んでいた自分にとっては、爽やかな作品も書いていたんだというのがちょっと意外でした。
花のれん
吉本興業の創業者、吉本せいさんをモデルにした作品です。家業に興味を持たない夫にいっそのこと道楽を仕事にしてはと勧め、様々な苦労を乗り越えながら興行士として身を立てていくというお話です。
ぼんち
ここまでの作品は、船場三部作とも呼ばれるそうです。衣服や食事などの日常生活にまで独特のしきたりが息づく大阪・船場。「暖簾」「花のれん」が船場の良さにフォーカスした作品であるのに対し、本作では時代錯誤な負の面を取り上げています。その中でも懸命に家業を盛り立てようとする主人公の姿勢が印象的でした。
しぶちん
短編集です。作中で「華々しき一族」という劇が出てくる「持参金」や航空機事故を題材にした「遺留品」など、後年への種が蒔かれた作品と言えるかもしれません。
女の勲章
ついに上下巻になりました。大阪で服飾学院を興した(やはり船場出身の)主人公。優秀なサポートに支えられて発展していくが、、、
女系家族
代々婿養子を取って女系の血を重ねることが慣わしになっている船場の老舗問屋。主人の遺産相続では三人の娘にそれぞれ味方がつき、さらに妾まで出てきてドロドロした争いが繰り広げられます。
花紋
才能に恵まれながらも大地主の総領娘という立場に縛られた歌人の運命を、老女の語りを中心に紐解いていくミステリー風な作品です。山崎豊子さんの作品の中ではとても新鮮な構成だと思います。
仮装集団
勤労者に音楽を届ける「勤音」で働く主人公。組織が発展するにつれて政治的なイデオロギーも強くなっていきます。組織の疑念を紐解いていった先には…
山崎豊子さんは、ネガティブな中にも微かな希望の光を見せる幕引きが抜群に上手いと感じます。後の沈まぬ太陽でも似たような結末が出てきます。
まとめ(と考察)
最初期の作品では、大阪・船場が物語の中心の場でした。実は山崎豊子さん自身が船場の「嬢(いと)はん」として育てられたという経験を持っており、ある程度は経験に立脚した作品だと思われます。
船場三部作を比べると、1, 2作目は主に船場の良い面が、3作目では悪い面も取り上げられています。船場で育つ中で作者がモヤモヤしてい気持ちが3作目の「ぼんち」に繋がったのかなと勝手に思っています。
物語の場所に注目してみると、船場→大阪と広まっています。後年はさらに、→日本→世界と広まります。身近な船場でスタイルを確立し、その後書ける世界を少しずつ拡大していくことで、社会の大きな問題も読み応えのある作品として執筆できるようになっていったのかなと思っています。
後年の社会派小説を読んだことのある人にとっては、「こんな作品もあるのか」という新たな発見に出会えるかもしれません。挫折した人や知らない人にとっても、初期の爽やか作品は読みやすいんじゃないかなと思います。
一度お手に取ってみてはいかがでしょう?
PS
山崎豊子さんも、以前に紹介した塩野七生さんも、司馬遼太郎さんも、執筆にあたって大量の資料を集めることで知られています。
「事実に立脚しながらも、繋がりが不明確な箇所にはなるべく事実と整合的な創作を入れる」というスタイルは、案外研究活動と近いかもしれないと感じました。