
ボーダーライン
朝、目が覚めるとついさっきまで見ていた夢の記憶がまだ残っていた。ここ数日で一気に冷え込んだ地球の大気に体を晒したくなくて、惑星「オフトン」の中に潜り込んでもう一度続きを見ようとしたが、こういう時に限って普段は得意な二度寝ができない。
仕方なくずるずると寝床から這い出した。
高校生、或いは中学生の頃の夢だった。場所は自分が昔過ごした寮の中で、今はもう会わなくなった友達とか、名前すらあやふやになってしまった先輩があの頃の顔で歩いていた。
詳しい内容は殆ど覚えていない。夢の中ならではの奇想天外な事件とか、その頃出会ってなかった人が出てくるとか、そんなことは一つもない。ただの日常のワンシーンだった。
起きてコーヒーを淹れながら(インスタントだけど)、色々と思い出す。悪くない生活だったな、と振り返って改めて思う。当時も別に悪いとは思っていなかったけど。
たしかに不便なことも沢山あったし、今になって出会った人の中高時代の話を聞いて、自分のそれとの違いに驚嘆したり羨ましがったりするけど、間違いなくあの日々は輝いていた。
そしておそらくその輝きは今後褪せるどころかますます美化されて、「あの頃はよかったなあ」と振り返るのだろう。
思えば、あの寮で沢山の事を知った。
自分のものはいとも簡単に失くなるということ。たった一年(あるいは数ヶ月)の違いが、こんなにも重んじられるということ。冬の朝4時半はまだ真っ暗だということ。
そして、それが美しいということ。
師走に入ったこの街の寒さは、いつの間にか刺さるようになっていて、あの頃の朝と同じ匂いを薫らせる。
ふと、いつか失くしたボーダーのロンTを思い出す。別段気に入っていた訳でもないし、多分大して高くもない。特別な感情が染み付いていたわけでもないし、むしろ薄汚れていたような気がしている。
どこに行ったんだろう。誰かの手に渡ってしまったのか。それとも、捨てられてしまって、今はもう跡形もないのだろうか。
いや、そのどちらでもないかもしれない。
万が一家のどこかの段ボールの底で眠っているのかもしれない。だとしても、今の僕にとってそれはもうどこにもないのと一緒だ。
灰になって埋立地に運ばれているのも、どこかの誰かのお気に入りになっているのも、ボロ布にされて掃除に使われているのも、どれも変わらない。
夢の中で、若い頃の友人と会った。今年の半ばぐらいから久しぶりにちょくちょく飲みに行く仲になって、今の彼の顔も知っているのに夢の中の彼はまだ幼かった。
それはまるで映画を見ているようで、いつの間にか遠くなってしまった日々はまるでフィクションかのように僕の目に映った。先月に会った彼と、夢の中の彼はまるで別人かに見える。
それでも、あの日々は間違いなく現実のもので今と繋がっている。どこかの誰かの人生を覗き見したような気分になっていても、あの冬の冷たさは今と地続きなのだ。
少しづつ、着実に年をとっていて、前に進んでいるような気になっていてもそれはただの足踏みだったりする。
大人と子どものボーダーなんてきっとどこにもなくて、あの頃の日々から淡々と積み重なった毎日が続いているだけだ。あの日失くしたTシャツのラインが今はもうどこにもないのと同じように。