最終電車遠回り また空回り
金曜日の夜の電車はサイアクだ。もっと言うと地獄だ。特に自分が素面の時は、まるでなんらかの罰を受けているように感じる。
なぜかラーメンの匂いが漂うホーム(食欲をそそられて困る)にやってきた最後の電車に乗ると、見たくもない他人の胃の中身が落っこちていて一気に食欲が失せた。本当にサイアクだ。
重ねて、終電は特に酔客が多い。声がデカくて、動きが大きくて、ひどく陽気なのだ。
もちろん、自分も時にはそうなるが、その時は特に何も感じない(なんとも都合がいいのだが)のでまだいいが、とにかく自分以外の人が酔っ払っているのは厄介以外のなにものでもない。
そういえば友人に「メインの終電」と「サブの終電」を持っている奴がいたな。
JRとメトロで使い分けていて、大体「サブの終電」をみんなに伝えておいて、そのくせメインの終電まで少し余裕を持たせておく。
ずるいけど賢い。
と、言いながら僕にもいつくかオプションがある。最寄りの少し前まで行く電車に乗れば最悪歩けるからあと数十分はいける、とか。
山手線を逆回りで帰るとか。あとは乗り換え案内の想定してる乗り換え時間を気合いで短縮するとか。
でも、たまにうまく行かない時もあって、「こんなことなら終電を諦めておけばよかった」と思うこともある。
そんな意味もこめた歌詞がタイトルにもなっている『最終電車遠回り また空回り』だ。
flip-flopsのアルバムに入っている『夜の終わりが僕らを囲む』という曲に入っているので是非聞いてみてほしい。
そういえばこの曲を作ったのも春だったな。サビっぽいところ(どこがサビなのか作った本人も明確でない)の歌詞に「春」というワードが入ってるし。
あの頃も多分終電に乗りながら考えていたんだろう。
思い返せば新宿発の京王線の終電に高校生の時に乗ったな。なんだかワクワクした。今ではなるべく早く帰りたいし、終電なんて乗りたくもないのに。
大学一年の時はぼーっとしてて目の前で終電を逃して大荷物を抱えながら数駅歩く羽目になった。あれも悪くはなかったな。
「終電で帰る」が口癖になってるけど、たまには朝まで遊びたい日もあったりするよね。大概は2時か3時に帰りたくなって、結局翌日後悔するんだけど。
終夜運転を年中やってくれればいいのに、なんて思いながらも終電で帰りたくなくなるのは終電があるからで、もし本当にずっと電車が動いてたら結局朝まで遊んじゃうのかもしれないな、なんて考えたりもして。