リンナとカンナ【第二話】

【第一話までのストーリー】
 姉の凛菜が、殺害の疑いで逮捕された。妹の環奈は、そのニュースを見て泣きじゃくる母を優しくなだめた。

 ところが、優しく声をかける環奈に、母は言ってはならない「ある一言」を伝える。逆上した環奈は、母親を包丁で殺害する。


第一話はこちら
第三話はこちら
第四話はこちら
第五話はこちら

第二話

 環奈に滅多刺しをされている間、由香里の頭の中には、これまでの思い出、出来事が走馬灯のように流れていく。

 環奈を孕った頃、そして凛菜を迎えたあの日のこと。かつては一緒に過ごした佐藤義男のことも……。

 その瞬間、由香里は自分は死ぬのだと実感した。

「環奈どうして……。義男、助けて……」

 環奈に刺された由香里は、僅かな力を振り絞って声を上げた。頭上には、包丁を持ってニヤリと佇む環奈の姿があった。


【18年前】母「由香里」の話

 山本由香里は、30代半ばで出会った男性「佐藤義男」と結婚した。佐藤との出会いは、中学からの親友「夏美」からの紹介だった。

「そろそろ由香里も35歳だし、早く結婚して子どもを作った方がいいよ。今度、いい人紹介するから会ってみない?」

 夏美は、ふんふんと鼻歌を口ずさみながら、軽い口調で由香里に声をかける、

「私、子どもあんまり好きじゃないし」

 気のすすまない由香里に対し、夏美は「みんな、最初はそう言うのよね。でも、子どもができると可愛いわよ」と、さらに話を続けた。まるで由香里の想いや考えなど、尊重していない素振りだった。

 夏美は、いつもそうだった。いつも人の話をろくに聞こうともせず、誰も求めていないようなアドバイスを、人へ強引に押し付けていく。

 人に感謝されたい癖に、心底では結局自分のことしか考えていない。つくづく面倒な女だと、由香里は溜息をつく。

「私、子どもを可愛がれる自信がないわ」

 そう言って、由香里は重い溜息をつく。夏美から結婚と子どもの話を促され、由香里は実親のことをふと思い出す。

 思い起こせば、由香里は生まれてこの方、父親からも、母親からも「かわいいね」だなんて、一言も言われたことがなかった。

 由香里の父と母は、事あるごとに口論を重ねていた。両親が喧嘩をする度に、由香里は両耳を塞いで静かに過ごす日々。

 由香里は、幼少期に母親からキツい物言いをされ続けており、トラウマも抱えていた。

 美人でプライドの高い由香里の母は、娘を見るなり「私に似ていれば、もっと綺麗だったのにね。残念」と、鋭い口調で言い放つ。由香里は、そんな母のことが心底嫌いだった。

 私が、結婚して子どもを産み育てても。可愛がることができるのだろうか。母のようにきつい物言いをしてしまい、我が子を傷つけてしまわないだろうか。辛い幼少期を過ごしてきた由香里は、子どもを育てているイメージが、さっぱり浮かんでこない。

 やっぱり、私には無理。結婚しても、子どもを産んでも、幸せに慣れる気がしないわ。由香里には、幸せな家庭を持つ自信がなかった。夏美の紹介話も、本当は断ろうと思っていた。しかし、夏美の強引さによって、渋々男と会うこととなる。

 そうして出会ったのが、佐藤義男という男だった。義男は、黒ぶち眼鏡でやせ型の、冴えない男性だった。義男は由香里を一目見るなり気に入り、すぐさまデートに誘った。

 由香里は最初こそ乗り気ではなかったが、強引な義男の誘いとアプローチに負け、そのままトントン拍子に結婚へと話が進んだ。

 結婚後、義男は「母に孫の顔を見せたいから、子どもが欲しい」と、途端に言い始める。由香里は義男からそう言われるなり、目を丸くする。

 そもそも由香里は、最初から子どもを望んでなどいない。だが、「彼が望むなら……」と、渋々妊活を始めた。

 しかし、由香里と義男が妊活をスタートしても思うように結果が出ない日々が続く。

「孫の顔は、いつ見れるの?」

 義母からは、定期的に孫の顔を見たいと言われる始末。由香里は、その度にストレスを感じた。やがて、由香里はそのストレスから、体調を崩した。

 そんな由香里の姿を見かけて、夏美が「不妊治療を始めてみたら?」と声をかける。夏美はあっけらかんとした表情で、まるで由香里のことを心底心配していない様子だ。

 夏美からすれば、由香里のことなど所詮他人事である。どうせ軽い気持ちで、声をかけているのだろう。

 いつだって、この女はそうだ。物事を深く考えないあまり、アドバイスに重みがない。

「わかった。ありがとね、夏美」

 由香里は、渋い顔で返事をした。由香里の気は進まなかったが、妊活のストレスから解放できるならと、義男と一緒に不妊治療をしようと思い立つ。

 そう決めたら、あとは善は急げだ。由香里は不妊治療を始めるために、義男を連れてクリニックの説明会に参加した。

 説明会では、卵子が年齢とともに劣化するだの、卵子の数が減少するだの。そんな話ばかりが延々と繰り返されていく。

 説明会では、60代半ばの男性医師が、女性の年齢に対するデメリットばかりをここぞとばかり力説する。その光景に、由香里はうんざりした。

 会場は、そんな医師の話を必死になってメモする女性達で溢れかえる。会場の空気に違和感を覚えた由香里は、説明会の途中で退散したい気持ちで、すでに胸がいっぱいだった。

 説明会の帰り際に、「女性の年齢で、こんなに妊活が難しいだなんて。こんなことなら、もっと若い女性と結婚すればよかった……」と、義男がボソッと呟く。その言葉が、由香里の胸をチクリと刺す。

 不妊治療なんて、そもそも女性側の負担の方が多いというのに。あなたが子どもを欲しいというから、私は意を決してチャレンジしようとしているのに。なぜ、私ばかりが責められなければならないの?

 由香里は辛くて、悲しくて。その日は、まともに義男の顔を見ることができなかった。その後、由香里は義男と一緒に、何度も体外受精へ挑んだ。残念ながら、2人がどんなに頑張っても、一向に良い成果は得られない。

 おまけに、 排卵誘導剤はいらんゆうどうざいの度重なる使用で、由香里の身と心は、すっかりボロボロだった。そんな由香里を見かねた義男は、「妊活はやめて、もっと他の方法を考えないか?」と囁いた。

「他の方法って。不妊治療の他に、一体何があるっていうのよ」

 苛立ちを募らせる由香里に対し、義男はこう答えた。

「もっと簡単かつ、スムーズな方法で子どもを授かる方法を見つけたんだ」

 義男は顔をニタニタさせながら、由香里にある一冊のカタログを渡した。カタログには「AIロボットのサブスクリプションで、我が子を手に入れよう」というタイトルが書かれている。

 正直「なんて、下品極まりないタイトルなのか」と、由香里は落胆した。

AIロボットのサブスクリプションサービス

 義男から渡されたカタログを、由香里は「ふぅ」とため息をつきながらパラパラとめくる。カタログには、AIロボットのサブスクリプションサービス内容、料金について細かく記載されていた。

【AIロボットのサブスクリプションサービスで、子どもを育てよう】

 AIロボットのサブスクリプションサービス「MENNTA(メンタ)」は、子どもを求めるご両親の方に人工知能を搭載したAIロボットをレンタルするサービスです。

 AIロボットには、人工知能チップが搭載されており、ご両親と一緒に過ごせば過ごすほど、その細胞、感情、思考を記憶します。

 AIロボットには「育成」機能が搭載されており、まるで本物の人間のように、発育に合わせて徐々に大きく成長します。子どもが人間と同じように成長段階を踏んでいくので、周囲からも「ロボット」と気づかれません。

料金: 10万円/1年間(修理サポート込)注意点:こちらのAIロボットは、モニター価格となっております。モニターのため欠陥がある可能性もありますが、万が一トラブルがあった場合も当社は一切の責任を持たないことをご了承下さい。

AIロボットのサブスクリプションサービス 説明書 一部抜粋

 我が子を、AIロボットで代用させようとしているなんて……。義男の人間性に、由香里は首を傾げる。

 そして、この時はじめて、由香里は義男が子どもを求めているのは、「由香里の子」が欲しいからではないということに気づく。

 そもそも由香里と義男は、義母から「孫」を懇願されていた。おそらく義男は、義母への体裁と、世間体のために子どもが欲しいだけなのである。

 そっか……。だから、私が排卵誘導剤の使用で体がしんどい時も、一切助けてくれようとはしなかったんだ、あの人は。由香里は、やれやれとため息をついた。

 義男は、義母からの「孫はまだか」という言葉に、ずっと肩身の狭い思いをしていた。

 由香里が「そこまでして、本当に子どもが欲しいの?」と言うと、義男は真っ直ぐな目でこう答えた。

「AIで赤ちゃんロボットをレンタルすれば、もう俺たちは母からの『孫はまだか』という言葉に、もう振り回されずに済む。

1年10万円なら、そう高い値段でもないだろう。我が家に合わなければ、返却もできる。お試し感覚で、まずは赤ちゃんロボットレンタルして、しばらく様子を見てもいいんじゃないかな」

「でも、AIロボットはどんどん成長していくんでしょう?成長する姿を見て、気軽に返却できるものなのかしら?

それに、一度レンタルしてしまった場合、万が一うちに合わなくて返却することとなれば、周囲から『あの子は?』って聞かれると思う」

「由香里はちょっと、心配性すぎるんだよ。世の中はね、これからどんどん便利になっていくんだ。

AI技術は、これからも益々の発展を遂げるだろう。人間が足りないなら、AI技術を駆使して作られたロボットが代わりになればいいのさ。

きっと今後は体外受精のように、AIロボットの子どもも増えていくんじゃないかな」

「……」

 義男は、すでにすっかりAIロボットを借りる気満々だった。強引な誘いに根負けした由香里は、義男の願いを受け、AIサブスクリプションサービスを利用して、赤ちゃんロボットをレンタルすることになる。

 私はもう、辛い不妊治療をしなくて済むんだ。不妊治療から逃れられると感じた由香里は、ほっと胸を撫で下ろした。

第三話へ続く

いいなと思ったら応援しよう!