夏目漱石と村上春樹(英語対訳)9 Natsume Soseki and Murakami Haruki (English translation)9
9 文体や視点の比較(1)
(1)文体について
漱石は文学作品で視覚的情景を言葉に表し、絵画的な言語表現と流暢な流れを持つ表現をしている。『坊っちゃん』も『草枕』もそれぞれ文体が異なっている。司馬遼太郎は漱石の文体を「恋愛から難しい論文まで書くことの出来る万能の文体」と述べている。
一方、村上春樹は聴覚的情景を表現し、想像性豊かな比喩が密集した言語表現を散りばめている。文体の変化は見られない。
『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(村上春樹著 新潮社)で、村上春樹は漱石の文章について次のように述べている。
(小澤征爾)
そうか、そういうことか。夏目漱石なんてどうなんだろう ?
(村上春樹)
夏目漱石の文章はとても音楽的だと思います。すらすらと読めますね。今読んでも素晴らしい文章です。あの人の場合は西洋音楽というよりは、江戸時代の「語りもの」的なものの影響が大きいような気がしますが、でも耳はとっても良い人だと思います。
ジェイ・ルービン (一九四一~、ワシントンD.C.生まれ。ハーバード大学名誉教授、翻訳家)は、芥川龍之介、夏目漱石など日本を代表する作家の作品翻訳を多数手がけている。Sanshiro / Natsume Sōseki ; Tokyo : University of Tokyo Press. - Seattle : University of Washington Press , 1977. (夏目漱石『三四郎』)、The Miner / Natsume Sōseki ; Tokyo : Carles E. Tuttle ,1988.(夏目漱石『坑夫』)、Rashōmon and Seventeen Other Stories / Ryūnosuke Akutagawa ; London : Penguin , 2006. -Penguin classics
(『芥川龍之介短篇集』 新潮社、二〇〇七年六月)等である。特に村上春樹作品の翻訳家として世界的に知られている 。二〇〇三年、村上の長編小説『ねじまき鳥クロニクル』の翻訳で第十四回野間文芸翻訳賞を受賞した。
彼は夏目漱石と村上春樹の類似点として「還元的感化」を挙げている。「還元的感化」とは、作家と読者の間に「純粋かつ個人的な関係」が構築されるたぐいの感化。作品そのものが、読者の心にストレートに飛び込んでいくことである。平易で明快でテンポがよい文体だからであろう。漱石作品や村上作品には人々に「内省させる力」があると述べている。
「僕は村上さんの世界に入る前は、夏目漱石、芥川龍之介、国木田独歩など明治期の文学者を研究してきたのですが、特に漱石に見られるように心理の深いところにもぐりこみ、機微に触れる作家が好きでした」(「東洋経済」Online二〇一五年九月二十五日)
「実は、漱石なども同じだと思います。漱石の言葉に、「還元的感化」という言い方があります。彼の「文芸の哲学的基礎」という講演をもとにまとめられた論文に出てくるもので、僕は最初に読んだとき、強い印象を受けました」 (同上)
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