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旅によって変化する価値観について①

自分にとっての"幸せ"がわからない。

その状態で幸せを追い求めている人

けっこういる気がします。

その人たちは一体どのようにして自分のもとに幸せを手繰り寄せられるのでしょう。

私は一番身近な他人は自分だと思っていて、自分を理解できない人は他人のことも理解できないと思っています。

なので努めて自分を理解しようとしています。

ですが、自分で自分を騙しながら生きている人がなんと多いことかと思います。

人の価値観とはどこからくるものなのかを考えてみました。



中学生の頃、今思い返してみてもよくわからないことで本当によく怒られたな、と思います。

そういう時代でした。

細かいことまで散々言われましたが、今でも理解できないことが多々あります。

デオドラントを使って厳しく叱られたこともあります。

え、マナーじゃん…

意味わかります?

いい大人になった今でも全く意味がわかりません。

運動部に所属していた子たちは先生からの暴言、体罰を受けている子もいました。

こういったことを日々執拗に声高に子どもたちに説いていた大人たちは一体どういう心境だったのかなと思います。

道理の通らないことでも社会的立場が上の人から言われたことならばと問答無用で受け入れるような人間を作るための教育だったと言われれば、その教育という名の洗脳は正解だったのかもしれませんけど。

その人たちのそういった価値観はどこから来たものなんでしょうね。

現代の学校での教育方針を見て、その人たちは今自分たちのやってきたことに対して何を思うのでしょう。

私はそういったつまらない、意味のわからないことをうるさく主張するような大人にはなりたくないな、と思いながら成長してきました。


そういった価値観は必ず所属しているコミュニティー、育った環境、家庭、地域、時代背景などからくるものだと思います。

一つの場所に長く留まると、否応なくそこでの価値観に染まっていきます。
染まった方がそこで生きやすいのは理解できます。

何が"常識'で、何が"普通"で、何が"正しい"のか。

どんどん凝り固まっていきます。

そしてそのことに気が付きません。


殺人は重罪ですが、戦地に行けばそれは正当化されます。

日本でも戦時中は人の殺め方を学校で教えていて、人を多く殺めるほど国から表彰され英雄になれました。


価値観とは、なんと危ういものでしょう。


人を殺めることが"正しい"


これがまかり通る世界線は今もすぐそこにあります。


私は自分が当時の当事者であったならば、同じことをしていたのだろうか、と考えます。

私は自分の意見を言えるタイプの人間です。

ブラック企業に勤めていた頃、13時間拘束を強いられたことがあります。

この会社の常識に染まる前に、立場が上がりこんなことを人に強いる人間になる前に、私は早々に立ち去ることにしました。

逃げるにも勇気が必要なのだと知りました。

でも仮に、戦時中だったとしたら。

私も進んで人を殺めていたのでしょうか。

お国のためにと自分の命を差し出したのでしょうか。


発展途上国のスラムに生まれ、親に売られて売春を強要されたり、目玉をとられ物乞いとして道に立つことを強いられる人生だったら。

悲しいことですが、ある国では女の子が生まれると売春をさせられるからと喜ぶ親がいます。
一部の売春婦の年収はその国の一流企業に勤めるエリート会社員と同じくらいにまでなることがあるからです。
そして親が子どもの目玉をとってしまう理由は、道に物乞いとして立たせ同情を引き、お金を稼ぐというものです。
豊かな国で育つと親は子供を愛し慈しむことが良しとされますが、世界にはそうも言っていられない事情を抱えた国や地域がたくさんあります。

道に立つ女性は自分の学費のため、もしくは自分のためではなく、家族のため、日々路上に立ち続けています。

若いタクシー運転手の男性が自分は長男で兄弟がたくさんいてその子たちを養うために日々働いていて、今よりも稼げる仕事を探しているのだと話してくれました。
その男性は教育を受けるのではなく、働くことを選ばざるを得ない環境に生まれてきました。
どんな職業に就こうなどと自分の将来に思いを馳せたり、趣味に費やす時間もお金も到底ありません。

自分がその立場に置かれたら、どういう価値観で生きていたのだろうと思います。

初めから人生に選択肢などないのですから。



②へつづく

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