マネジメント(Management)から、ケアメント(Carement)へ
mikiokousaka
マネジメントは、フレデリック・テイラー(Frederick Taylor)氏が1911年の著書「科学的管理の諸原理」にまとめた、訓練された管理者と革新的な労働者との協力により成果が生み出されるという考え方から、仕事をいかに行うかという仕組みとして広まりました。
そして、仕事に目的を持ち成果を上げる仕組みとして、ピーター・ドラッカー(Peter Drucker)氏はマネジメントを「西洋文明が存続する限り基本的で支配的な制度」と位置づけています。
また、マネジメントとして事業目的を遂行する経営のためには組織の運営が常識だとしました。
収益を持続・成長させる組織について、チェスター・バーナード(Chester Barnard)氏は、目標を達成するための複数人の協働の体系として、個人では実現が困難な時に組織が生まれるとしています。
しかし、個人で達成が不可能なことを複数人で分担すれば実現出来ることがあるというのは明らかですが、最近では、組織としての指揮系統がなく複数人の協働ではない、個人同士のつながりだけで、必要とされる成果を実現することが容易になってきています。
個人のみで、目標達成のための「管理」「経営」「運営」を行うのは、組織を前提としたマネジメント(Management)とは違うため、ケアメント(Carement)と呼ぶことにします。
未来学者(フューチャリスト)とも呼ばれるピーター・ドラッカー氏は、社会的イノベーションと多様化する労働力の流動性が重要だとして、 2002年の時点でいち早く、5つの社会の変化を、著書「ネクストソサエティ(Managing in the Next Society)」の中で描いています。
社会の変化
1、人に関する変化:従業員支配から、知識労働者主導へ
2、時間に関する変化:画一的なフルタイム労働から、多様なシフト労働へ
3、取引に関する変化:独占的な市場支配から、分業・外部委託へ
4、市場に関する変化:提供側優先から、享受側優先へ
5、技術に関する変化:独自性の維持から、境界のない混在へ
この書籍が出版された2002年から20年以上を経て、仕事場の机に置かれた電話やパソコンを必ずしも使う必要が無くなり、誰でも掌の中のスマートフォンを持ち歩くことが普通になったことで、仕事をするために備えなければならない場所が必要無くなりました。(場所に関する変化)
そして、顧客や仕入先と常に相互に情報交換できるという距離感の変化が起きました。(情報に関する変化)
更なる社会の変化
6、場所に関する変化:職場勤務から、遠隔・分散勤務へ
7、情報に関する変化:オフラインから、オンラインへ
エリック・ストルターマン(Erik Stolterman)氏が2004年の論文「Information Technology and the Good Life.」の中で定義したデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)の通りに、人々が生活の中で実現できる能力に、情報技術が変化を起こしたと言えます。
個人が見ず知らずの複数の人と、どこでも(場所に関する変化)、交流できる(情報に関する変化)ことで、組織化して規模を求める必要なく、個人同士のつながりだけで協働と同じ価値が生み出せるようになっています。
ピーター・ドラッカー氏は、マネジメントとマネージャーを以下のように定義しています。
・マネジメント:組織に成果をあげさせるための道具・機能・機関
・マネージャー(マネジメントを実行する人):組織の成果に責任を持つ者
ここでは、個人だけで組織がない新しい形態についてのケアメントとケアメンターを以下のように定義します。
・ケアメント:自分自身で成果をあげるための機能
・ケアメンター(ケアメントを実行する人):自分自身の成果に責任を持つ者
マネジメント(Management)を日本語の意味に直すとすれば「管理」「経営」「運営」といった意味を示す用語と言えますが、それぞれを整理すると「管理」は具体化、「経営」は収益化、「運営」は効率化です。
ケアメント(Carement)は、組織としてではなく個人のみで「管理(具体化)」し、「経営(収益化)」し、「運営(効率化)」を実行することと定義できます。
ケアメント(Carement)は概念的なので、抽象化するなら「セル型企業」という名称を付けて呼びたい、既存の個人事業主や個人としての法人とは違う、新しい企業の在り方です。
例えるなら、大規模高効率なセントラルキッチン型では無く、顧客密着高付加価値を生む台所型の企業とも言えます。
(1)知識労働者が(2)時間を選び(3)専門分野を(4)顧客要望に応じ(5)必要とされたら(6)どこでも(7)提供することを、個人だけで実施するのがケアメンター(Carementer)です。
意図的に、自分以外に従業員を増やさず、自分の手の届く範囲で実施するので、製造業で言えば、少品種大量生産のライン生産方式である流れ作業では無く、多品種変量生産のセル生産方式である一人屋台方式と似通っています。
個人同士の結びつきで仲間を増やし、仕事を分け合うことで、顧客の様々な要望に応えても質(顧客にとっても自身にとっても)を落とさない状態を保つこともケアメントなので、独立した個人生産をセル生産方式と呼ばない点とも似ています。
従業員として雇用したり雇用されたりする訳では無いので、ジェンダーやマイノリティに対する雇用機会均等や昇進格差の問題も起きません。
また、ローレンス・ピーター(Laurence Peter)氏とレイモンド・ハル(Raymond Hull)氏の1969年による共著 「THE PETER PRINCIPLE (ピーターの法則)」として知られている、昇進を続けていく組織では、無能になる地位に達していない人が仕事を行い、昇進により要求される技能を持ちあわせていないため、無能になった人に、上層部が埋めつくされていく、といったことも起きません。
大人数で仕事の量を増やすことを「管理」「経営」「運営」するマネジメントでは無く、自分だけで出来る仕事の質を高め「管理」「経営」「運営」するケアメントを行うという、これまでの常識からは異質といえる個人による企業形態は、将来予測が困難なVUCA「Volatility(変動性)Uncertainty(不確実性)Complexity(複雑性)Ambiguity(曖昧性)」の時代に、画一的で相似性が高いために横並びのリスクに晒されている多くの既存企業と一線を画し、生き残っていく強靭性を持っていると言えます。
実は、VUCAな時代に即しているという説明は間違いで、逆にVUCAな時代だからこそケアメントが生まれ育っている、と言えるのかもしれません。
収益の最大化(経営)や効率化(運営)を高める時、本来的な脈略を問い(クエリーからはじめよう)、組織化していくという方向性だけに捉われることがなくなれば、個人による具体化(管理)が有効な打ち手の選択肢となり、マネジメント(Management)への理解だけでなく、ケアメント(Carement)を意識した企業運営が更に増えていくことになるでしょう。
Mikio Kousaka