パリ逍遥遊 メドックマラソンで臨死体験か?!
臨死体験と言えば、20代の若い頃、「臨死体験」をしたことがある。1キロほど泳いで、サウナで汗をガンガンに出した後、母の誕生祝にレストランに出かけた。のどが渇いていた私は、弱いくせにワインで喉を潤してしまった。「運動で血流が早まり血液脳関門をアルコールがバンバン通って、脳に到達した」状態になった私は、急に気持ち悪くなり席を立った。席を立った瞬間、意識がなくなり、全面から無防備に倒れてしまった。自分の前歯で自分の下唇の下に穴をあけ、血だらけになっている娘を父は、血だらけの頬をたたき、起こし、手を口の中に突っ込み食べ物を吐かせた。私の頭の中は、蜃気楼のごとく光の世界に光のアナンが現れ、さらに神々しい光を指して「僕はアナンです。あちらにおわすがブッダです。」こんなに気持ちがよい経験はなく、長い時間が過ぎたような気がしたが、ほんのわずかな時間だったらしい。
立花隆の「臨死体験」によると、経験者は、「光の生命」に会うことが多いという。前回の投稿では、「死んだおばあちゃん」という、死者の「お迎え」現象だった。さらに臨死体験は鎮痛作用と快感作用をもつ脳内物質である「エンドルフィン」の分泌によるという説もある。気持ちがよい理由はこれかもしれない。こういう「神秘体験」というものもワイルダー・ペンフィール如く脳の作用だと思いながらも、興味惹かれるもう一人の私もいる。だって人間の精神作用だって、まだ「未知なる」ものなのだから。
パリにいる間、時々セーヌ川沿いのジョギングを楽しんでいた。ジョギングをしながら、ふとエッフェル塔を見上げると、1階にあるバルコニーの下側に名前らしきものを発見した。ちょうどエッフェル塔NW(North West)側の信号のところだ。【Lagrange(ラグランジュ)】、【Ampere(アンペール)】、【Navier(ナビエ)】、物理学者たちの名前だ。調べると、フランスで活躍した科学者、エンジニア、72名の名前が燦然と刻まれているという。エッフェル塔の地の色、これは「エッフェルタワー・ブラウン」と呼ばれる色らしいが、その色に溶け込むような金色で名前が書かれているためか、これまで気が付かなかった。
【Claude Louis Marie Henri Navier】
当初、設計者エッフェルが流体力学に貢献のあった科学者を称えるためにエッフェル塔に科学者の名前を刻むことを始めたらしい。トロカデロ(Torocadero側:北西側)を飾る側、つまりセーヌ川沿いにナビエの名前を刻んである。設計者エッフェルの意を汲んで、ここで紹介する科学者は彼をおいてはないだろう。
パリに着て1年が過ぎ、初めてエッフェル塔に上った。正確にはエレベータに乗って地上125メートルの第2展望台にあるミシュラン星付レストランLe Jules Verneに出かけた。もちろんエッフェル塔は階段で上ることも可能だ。このレストランのプロデューサーは、日本でもおなじみのアラン・デュカスだ。彼が“Un restaurant au Coeur de a tour Eiffel, c’etait un reve pour moi.(エッフェル塔の中にあるレストランが私の長い間の夢だった)・・・(中略)・・・Plus qu’un restaurant, c’est un lieu qui transment du reve et de souvenirs・・・(レストラン以上に、ここは夢と思い出の場所)”と語る。テーブルはSE(South East)側。シャン・ド・マルス公園(Champ de Mars)、エコール・ミリテール(Ecole Militaire)側だ。このレストランから眺めるパリの街は、整然として、悠久の歴史を物語ってくれる。
景色もさることながら、エッフェル塔の構造は素晴らしく美しい。エッフェル塔はトラス構造と呼ばれている。トラス構造は、非常に安定した構造である。というのも支点Pに加重がかかれば、p/sqrt(2)に分解されて力が地面に伝わるからだ。柱の筋交りの間にできた空間は三角形になっている。柱に力が加わっても、垂直な柱には直接加わらないので、三角形の各辺の方向の伸縮の力に変化する。このように三角形を組み合わせたレースのような構造を「トラス構造」と呼び、伸縮に対して非常に強く、形が崩れにくい。「トラス構造」は、あまたある大聖堂の構造でもある。
エッフェル塔をトラス構造にしたのは、風である。エッフェルは「垂直方向の各部材は、あたかも地面から突然現れ、風の作用に則して曲線を描いた後、尖頭部で一つに結集する」と言っている。エッフェル塔、これは風に対する「創造物」なのだ!
エッフェル塔のように目立つ大きな構造物周囲に、どのような風が吹くか、その風に対してどのような構造を取らなければいけないかを把握することは、建設において重要なことだ。例えば、現在でも高層建築物の建築時には、風洞実験を行って、風について様々な角度で分析を行う。風洞実験とは、実際の建築場所で、風の観測を行うことによって、その値を計測する。エッフェル塔は、現在でもその管理会社であるSociete d’Exploiration de la Tour Eifel (SETE)が、18,000か所に設置された計測装置で、データの収集を行っている。計測されたデータをもとに設定した風を風洞内に起こして、再現実験を行うのである。そして、建築物の周囲の風の性質、応答状態をシミュレーションにより検証する。実際にエッフェル塔の名前を冠したエッフェル型風洞と呼ばれるものもある。
エッフェル塔を見ると低層部を大きく、さらに開口部を大きくあけている。これは上空の速い風邪がエッフェル塔にあたって、地上付近に流れ込んでくる。この吹き降ろしの風が直接地上に流れ込むのを防ぐためである。エッフェル塔は風によって振動している。振動は、風の乱れによる振動や建物の背後から発生する渦による振動がある。これらエッフェル塔の周りでどのような風が吹いているかを記述できるのが、ナビエ・ストークス方程式なのである。この方程式はいまだに解くことを許さない。さて、この方程式をよく見ると、右辺にRという係数がある。これがレイノルズ数と呼ばれるものである。この数の大きさが、エッフェル塔の背後に発生する流れを決めるのである。このレイノルズは、以下の式で表される。レイノルズ数は、速度(メートル/秒)、隊列の長さ(メートル)、粘性係数によって決まる。
これを理解するために、またフランスの代表的なスポーツ競技ツール・ド・フランスで見てみよう。世界が注目する自転車競技の一つである。自転車レースは風との戦いが勝負を決める。空気の抵抗は速度の2乗に比例して大きくなる。乗っているレーサーそのもの抵抗が最も大きいことから、空気の抵抗を最大限に抑えるため、レーサーは前傾姿勢を取る。その姿勢を取りやすいように、ロードバイクにはドロップハンドルを装着。空気の抵抗を少なく保てるのは、このドロップハンドルの賜物である。そのドロップハンドルをレーサーが握ると、レーサーの肘と上腕の間に空気ができる。これが要である。上腕の断面が円になると、乱流が起きやすく、楕円だと乱流が起きにくい。よって、上腕を閉める姿勢を保つことが大事だと言われている。
写真は、2013円6月29日から7月21日に開催されたツール・ド・フランス2013(Tour de France 2013)の最終日、パリ市内に入ってくるところを撮影したものだ。ツール・ド・フランスは、チーム型協議で、勝負の決め手は如何にチームのトップ選手を風から守るかにかかっている。写真を見るとわかるが同じチームの選手は1直線に並んでいる。1直線に並んで、交互にトップ選手を空気から守りながら進む。いつもトップ選手に最後のダッシュをかけさせるか、まさに心理戦でもある。最後の最後までトップ選手を守りながら進むその勇士に男女共にロマンを感じるのではないだろうか。
ブルーのヘルメットの軍団をよく見てほしい。彼らは間をおかず一列に並んでいる。この集団をTour de Eiffelと考えよう。Tour de Franceの平均時速毎時50キロメートルと仮定する。もっと速いかもしれない。列の長さが5メートルとすると、レイノルズ数は、25×10の4乗となる。その集団の後方には、無秩序な渦や不安定な流れが発生することが導かれる。つまり同じチームのレーサーは隊列を組み、その中で秩序よく進まなければ、無秩序な風の渦や、不安定な風に巻き込まれて、体力を消耗することになるのだ。
Tour de Eiffelがどんな風からも守られ、パリのアイコン的存在として、毎時5分間のライトアップが時を教えてくれ、道に迷った時にはその姿に方角を見出す。パリの暮らしの中でもその存在は格別に大きい。建築当時は賛否両論だったと言われている。しかし設計者エッフェルは「構造物としての美しさ」「科学への貢献」「工業技術の進歩への貢献」を挙げて、エッフェル塔の存在価値をアピールしたという。石の重厚な建物が多い中、異色の存在と言えば存在である。