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映画鬼滅の刃 無限列車で泣かなかった理由

先日、やっと見に行ってきました。

周りの前評判から泣く気満々でハンカチ握りしめて行ったけど、結果として、うるうるまで来たけど、泣くことはなかった。

どこで泣くのか分からなかった。

物語は手に汗握る、面白いものになっていたと思う。

Amazonプライムやテレビの再放送で、それまでの鬼滅の刃を見て、炭治郎の気持ちに同感、共感していてにわかファンなのでだから泣けなかったのか、等思っていたのだけど、

色々な方のブログやYouTubeをみて、少しだけ気づいたことがあったので、書いておこうかと思う。

映画を見る前は、煉獄杏寿郎のような上司が理想だというブログも見て楽しみにしていたので、気持ちとしては当然私は竈門炭治郎の気持ちで見ようと思っていたのだった。

けれど、彼らの夢の中や無意識領域を見ているうちに、私は竈門炭治郎でもなければ、我妻善逸でもなく、嘴平伊之助でもないと思った。

そこにいるキャラクターの中で、私が1番共感した人物は煉獄杏寿郎だった。

映画の中で、煉獄杏寿郎は強く、泣いていない。唯一、母が甘えさせてくれる存在。

私には、マンガやアニメのように、尊敬する人物からの心に残る強烈なセリフなどはないけれど、心の師といえる存在はいる。

そして、まだまたもちろん未熟ながらも全身全霊で、後輩を導きたいと言う思いもある。

煉獄杏寿郎の気持ちで映画を見て、彼がその責務を全うしたと、どんなに強い人でも結末として、倒せなかった現実もあるけれども、そこにいる人を全員守ったと、それで終わった映画。

涙を流すのは次があるから。

炭治郎のように不甲斐なさを感じる時。

私も日常では炭治郎のように悔しい思いが多いけれど、映画では、煉獄杏寿郎の方に共感した。

なので、涙が出なかったのだと思う。

次がない時、全身全霊で、生きている時、涙は流さない。

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