不忍池の蓮の花
みけ子がまだ20代前半の頃の事。あの会社はたった2年弱しか勤められなかったが、その勤務先で1年過ぎた年の夏だった。お盆休みで数日、ぽっかりと休みが取れた。
日曜も新しいリリース商品の発売などで出勤になることも少なくなく、その休日出勤日の振替休日も取れる訳でもない。朝は9時から、夜も9時までの仕事。いかにも昭和のブラック企業だった。でも当時はそれを変だとも思わず、普通に勤務していたよ。
そんなブラック企業で仕事をしていた20代前半の自分。忙しさと人間関係の煩雑さがもう、自分の限界を超えていた。元々そんなに賢くもないし、テキパキ仕事をこなして行ける人間でもなかった。人としてのキャパシティも小さい。今思えば、そんなに悩むほどの事なのか?と振り返ったりするが、20歳をわずかに超えただけの小娘だからねぇ。狭い視野の中で様々に悩んだり苦しんだりした訳よ。
そんな中での、ぽっかりと空いた数日間の休日。いつも通りお盆休みなど完全無視の会社だったが取引先が軒並み休みなこともあって、急遽数日間のお盆休みが取れる事になった。それまで超絶忙しく疲れ切っていたから、休みに何かしようなんて計画は全く立てていなかった。だけどせっかくの休みの日に、一人暮らしの狭いワンルームマンションで過ごす気にもなれなかった。みけ子は急に思い立って東京と横浜に行ってみることにした。全くのノープラン。お金と最低限の着替えだけを持ってふらっと出かけた。自分のいつもの居場所には居たくない、居られない気分だった。
その頃から古い建物は大好きだったから、近代建築(幕末から戦前あたりにかけて建てられた、西洋の建築デザインや技術を取り入れて建てられた建物のこと)が多数現存している、東京駅周辺や上野駅そして横浜を気ままに歩き回った。東京駅も上野駅も駅舎自体が近代建築なのだ。建築文化の厚みが地元仙台とは全く違う。重厚な建築が多数残る、自分にとっては非日常の街並みをあてもなく歩きながら、自分のその時に置かれている状況と、その状況に今にも押しつぶされそうな自分の気持ちを思った。
東京駅周辺や上野あたりは、近代建築も多いが公園や緑地も多い気持ちの良い場所だ。その時に訪れた、上野の不忍池に一面に茂った蓮の大群に圧倒された。
池を覆い尽くす、大きな丸い葉。所々に咲いている桃色の花。極楽浄土はさもありなんと、昔の人が想像するのも分かる。水面(みずも)に隙間なく繁茂する植物の生命力に圧倒される気分だった。真夏の暑い空気、青い空に浮かぶ入道雲と蝉の声。目の前にある風景ながら幻想的だった。自分は夏の真っ只中にいた。
蓮の花が咲く、一年で一番暑い季節。照り付ける強い日差しと青い空と。そんな中に居る、周囲と関わりを持たない糸の切れた凧のような自分。ふらふらしてどこに行くというあてもなく、予定も組まずに訪れた。悩みと苦しさで頭の中はぐるぐる渦巻いているようだった。周囲の誰も自分のことを知らない、知る人がいない場所で自分を解放したかった。あの時の何だかフワフワして大地から身体が浮いてどこかに流されて行くような不思議な気持ち。
暑い夏になると今もたまに思い出す。
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