池袋暴走事故で刑務所に収監されていた受刑者が亡くなった。エリート街道を歩んで来た人でもそんな人生の末路ってこともあるんだ。
大変に痛ましく、社会に衝撃を与えた事故だった。この事故によって、母子2人が死亡した。事故で妻と幼い子どもを亡くした被害者家族の男性の怒りと悲しみはいかばかりだったろう。
この事件では、加害者がエリート街道をずっと歩んで来た人間であった事が、世間の耳目を集めた。車の暴走で多数の死傷者を出したにも関わらず、逮捕がなかったこと、報道機関での呼称についても取り沙汰された。上級国民という呼び名もこの頃生まれたかと思う。
裁判で被告は一貫して、運転操作のミスを認めなかった。加害者は事故を起こした当時、80代後半の高齢だった。ブレーキとアクセルを踏み違えて事故に至る高齢者はその後も後を絶たなかった。
結局裁判で判決を受けて、刑務所に収監されたが刑務所内で少し前に亡くなったと言う。93歳だったらしい。
きっと一流の大学を出て、ずっとエリートとして人の上に立ち続けて来た人生だったのだろう。順風満帆を絵に描いたような人生。大学さえ出ていないみけ子にはそんな人の人生は、想像の範疇を超える。そんな人が、高齢で身体能力が衰えた状態でハンドルを握ったことで人の命を奪ってしまい、最後は刑務所の鉄格子の中で命を終えた。どんな思いで最後は亡くなったのだろうか。加害者は裁判中は車の操作ミスをなかなか認めなかった。そのことが、遺族をどんなに苦しめたことか。
法律の整備の遅さや世間一般の庶民感情と司法の現場意識の乖離は、いつも大きなズレを感じさせる。法律が現実社会の流れの速さについて行っていない。飲酒運転での轢き逃げ事故も多数起こっているが、加害者の反省しているとは言い難い目に余る行動を聞く場合もあり、深い憤りを感じるよ。厳罰化の動きも進んでいるが、遺族感情にはまだ追いついていない。
93歳という高齢で収監中に亡くなった加害者と、その事故で愛する家族2人を一気に無くしてしまった被害者の遺族。どちらも結局あの事故以降、人生を大きく変えざるを得なかった。
ちょっとした判断ミスやブレーキ操作の遅れが、事故の被害者を生む。被害者も加害者も、事故に関わる人間どちらも不幸にしかならない。法の整備や運転免許の更新時の再教育や高齢者の免許返納を促すことなど。今後の運転に関する色々を、多くの人の知恵を集めてより良い方向に持って行ければ良いのだが。
当たり前であるが、もうこのような悲惨な事故は、二度と起こらないでほしいと切に願うよ。
↓繊細で非常に美しい、桜の絵付けのキャンディポット。昭和初期の日本の製品です。きっとこれまでも持ち主に大事にされて来たことを思わせます。