東京ことば散歩#1-1/始まりは軍事特需から02
この首都圏ともいうべき言葉が成立する過程を追うと、ひとつなるほどと気が付くことがある。・・それは、原東京人が首都周辺地域へ多く拡散することで、千葉埼玉神奈川そして東京北部の住民が爾来から持っていた方言が、緩やかにだが暫時姿を消していったことだ。これは極めて注目すべきことだと僕は思う。
つまり言語的対立はほとんど起きないまま、共用語として東京弁が、首都周辺地域ではスタンダード化していったのである。いま、すでに東京近郊地域でそのままの武州弁/房総弁/相州弁を聞くのは難しいほど、東京弁は各地に浸透しているのだ。しかしだからと言ってもこれら方言が完全に姿を消したわけではない。実は絶妙に首都圏語に取りこまれている。・・おもしろいとおもいませんか?
この、極めて柔軟に様々な用法を汲み取り、それが急速に均質になっていることが首都圏語の最も特徴的だろうと僕は思う。他の方言者に対して絶対的に多数なのにも関わらず、首都圏語はおそろしく柔軟なのである。それは、おそらく・・通勤通学など首都圏生活者が、広範囲でメルティングポット化している為ではないか?同時にTVなどの口語を使用するメディア内で使われる言葉が急速に「共通語」から「首都圏語」に変わったからではないだろうか。
実はだね、ここに重要なポイントがある。日本国人(あえて日本人とはいわない)が使用する言葉が、端正な、やや畏まった共通語(明治薩長政府が作り上げた言葉)から、高度成長期(戦争特需)を経て、よりフランクな首都圏語に(NHK以外では)置き換わっていったのである。そしてその過程で、首都圏語は関東周辺方言だけではなく、さまざまな地方の方言を取り込んでいったのである。
結果、その驚くべき柔軟さが・・どちらかと云うと首都圏限定だった首都圏語が、全国的にスタンダードな口語体になっていったのだ。もうすこし大上段に言おう・・明治以来作られてきた「全国共通語の凋落」が、いまの日本国人が使用している「首都圏語」・・日本語口語体の特徴だと僕は思っている。もちろんアクセントは、土地のものが残るケースが多い。しかし用法はすべて首都圏語のものに置き換わりつつある・・これは、とても面白い現象だと思うのだ。
では、少し簡単に共通語にはない首都圏語の特徴を書こう。たとえば、
①ラ行音が撥音便化する。わからない(という共通語は)→わかんない(となる)、かもしれない(という共通語は)→かもしんない(になる)
②/ai, oi/ は [e:] と発音されることが多い。「たけえ(高い)」「すげえ(凄い)」「行かねえ(行かない)」など。
③語中の撥音が母音化する。ぜんいん(全員という共通語は)→ぜえいん(となる)
おなじく、せんたくき(洗濯器)は、せんたっきになる。
用言アクセントの特徴について、見回してみると。
④「…ない?」のアクセントが尻上がりになる。高くない?(という共通語が)尻あがりに、たかくない、すくなくない?になる。
⑤また、共通語ではアクセントに起伏が有る用言が平坦になる。
彼氏(という共通語)は起伏なして、かれし、と言う。電車も、平べったくもでんしゃ、という。この平板化は、かなり広範囲で起きている。
⑥この「ない」の用法だが、否定ではなく疑問として尻あがりで使用される。
可愛い+ない?で。かわいくない?かわいく、は平坦で、ない?は尻あがりになる。
それと。もうひとつ特徴的なのは、地方方言の意図的な取り込みだ。「そうやろ」とか「なんでやねん」とかが普通に会話の中で使われる。おそらくこれはTVの強い影響だろう。バライティ番組やコメンテーターが使う方言が、そのまま借用されるのだ。その意味では、慣用句については相当数の言葉が首都圏語に取り込まれている。