結局、なんかいい感じ、が増えたら人生オールオッケー説。
自分の実家に帰るためにずっと廊下を歩いている人がいたり、
頭がかゆいけど手が頭まで届かなくて娘をずっと呼んでいる人がいたり、
食べ物と間違えてティッシュを食べてしまう人がいたり、
それらすべてが日常になる、そんな世界で働いて3年になった。
何のために働いてるの?と聞かれたら、
少しでも、なんかいい感じ、を増やすために働いている、と答える。
人間って、からだかゆい!とか、漏れそう!とか、
なんか、とても人前では口に出せないことを思いながら生きてると思う。
多分考えてることの半分以上は口に出せないようなこと。
たぶん、介護の仕事が理解されないのって、
みんなが人前では恥ずかしくて口にできないこととか、仲のいい友達も知らないような個人的なことに向き合ってるからじゃないかと思う。
確かに、「毎晩2時間に1回体の向き変えて、3か月かけて背中の傷1個直した」より、「役に立つアプリケーションを開発して、10万人の人に利用された」の方がずっとかっこいい、私もそう思う。
だけど、人間生き物だから、体に傷があったらテンション下がるし、
いっつもシャツを出しっぱなしにしてたらお腹冷えるし、
ちょっと枕変わったら寝れなかったりするわけで。
自分が寝てるときに、得体のしれない悪の組織かなんかが来て、
「よーし、今からお前の背中をちょっとヒリヒリさせてやる、なんてことはない、小さめの擦り傷だ。」
「次に、しっかりズボンにインされたシャツを外に出してやるぞ、フハハ」
「おまけに、枕の高さを普段の2倍にしてやる!!!!!どうだ!!!!」
とかやられたら。
最初は「地味すぎません???」ってなるけど、結構地獄だと思う。
後からじわじわダメージ効いてくるタイプのやつ。絶対寝れない。
こういう本当にささいなことが体調とか心に与える影響って、実はめちゃくちゃ大きいんじゃないかと思っている。
コロナの世の中になって、「なんか調子出ないな」って思うことが増えた人も多いと思うんだけど。
そんな時は、一度「生き物としての自分」に目を向けてみるのもいいかもしれない。
最近朝ちゃんと日光浴びてる?
睡眠はしっかりとれてる?
身体ひえひえになってない?とか。
色んな基盤が揺らぐ今だからこそ、自分の根幹である身体と向き合ってみる機会にするのもいいんじゃないかな、と思う。
そういううっかりすると忘れがちな、ちっぽけで大切なことををいっぱい整えていって、「なんか最近いいかんじ」って思える日が増えたらオールオッケーだよな、って最近思っている。
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コッペパンの写真。
コッペパンって、なんかいいよね。