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ヒマラヤの大地|女の哲学

  ヒマラヤの奥地
  ガンジス川源流の聖地ゴームク(牛の口)。
  氷河から初めて地上に顕れる聖なる河のふもと。

  山と川と岩と空だけの何もない荒地。
  およそ文明というものが皆無の場所。
  聖者だけが住むことを許された聖なる場所。
  インド人が一生に一度は訪れたい憧れの地。
  酸素濃度60%。地上の2/3以下の酸素。
  何もしなくても水分が蒸発し消耗する
  生きていくこと自体が危うい大地。

ヒマラヤ2

  剥がれ落ちる氷河のふもとで
  死と隣り合わせで、
  聖者と共に過ごした日々。

  あの頃は、一生懸命に神を探し、
  自分を探し続けて見つからなかった。

ヒマラヤ8

  完全に神に見捨てられた気持ちで
  最後にヒマラヤを降りる日の朝
  目の前にそびえたつ
  あのシブリン峰の向こうから
  大きな日輪をたずさえた太陽が
  後ろから私を照らしていた。

  朝から日が沈むまで、絶えることなく。

  日輪の向こうのシヴァ神は
  「またいつでも戻っておいで」
  と私を励ましているようだった。

どうでもよいこと


  長い間、ずっと封印していた記憶。
 
  ある日、あなたに出会った。
  太陽の香りがするあなたとひとつになった。
  あなたの情熱が心の氷を溶かした。
  あのヒマラヤが
  私にとって大切な宝物であることを
  あなたは思い出させてくれた。
 
  あなたとひとつに溶けるように
  あの大地に、自分のすべてを明け渡した。

  迷子になっていた魂が還ってきた。

  忘れていた記憶を手繰りながら
  なんて美しい場所にいたのだろうと思った。

ヒマラヤ5

  ガンジス川が流れる音
  常に聞こえる高い倍音
  崩落する氷河の爆発
  対岸で崩れ落ちる落石の煙
  ただ流れていく雲
  一帯を埋め尽くす濃い霧
  漆黒の闇夜
  照りつける太陽
  音を立ててうなる風
  一瞬にして白で埋め尽くす吹雪
  突然晴れる夜空
  百億の色で輝く星々
  手が届く天の川
  こぼれ落ちる流れ星
  静寂の音
  巡礼者の喧騒
  祭壇に飛び交う札束
  細い手で差し出されるたったひと箱のビスケット

  プラサードを食べずに、
  待っている家族のためにハンカチにくるむ痩せた指

  ピクニックのようにやってくる観光客
  息絶え絶えにやってくる太った大富豪
  倒れこみながら歩を進める裸足の老人
  響き渡る鐘の音
  厳かなマントラ
  けたたましいラジオの音
  ガスストーブの匂い
  カレーとギーのむせるような香り
  口論
  殴り合い
  仲介する聖者
  加担する行者
  突然の雪に身を寄せる小さなビニールテント
  チャイを沸かす音
  静かな時間
  蝋燭の灯に揺れるシヴァ神
  ガンジス川の岩上での瞑想
  牛の口から迫ってくる七色の霧
  消える時間
 
  そのすべてが神だった。

  あのヒマラヤの大地で
  私は最初から最後まで、
  神にいだかれていた。

死を想う

  
  悠久の時間をかけて溶ける氷
  真っ暗な氷河の地下を通り
  氷河の終わりに顕れる真っ黒な穴。
  牛の口、ゴームクと呼ばれる源流。
  初めて地表に現れたガンジスという川。
  その真上に横たわる白きバギラッティ峰。
  対岸でゴームクを見据えるシブリン峰。
  一帯を埋め尽くす、岩、岩、岩
  抜けきった蒼い空。
  流れていく白い雲。

  唯一の色は
  風にはためく祭壇の旗。

  眩しい
  オレンジ。
  煩悩を焼き尽くす炎。

ヒマラヤ6

  燃えひろがる情熱の色の中で
  あなたとひとつになった時
  私の身体はすでに知っていた。
  明け渡し抱かれるということを。

  あのヒマラヤの大地と
  私は
  ひとつ。

  今も昔も
  神に抱かれたまま。

ヒマラヤ1

(Photo: © Gomukh, Himalaya, MikaRin)


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美加りん 詩人
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