1年越しの青森ねぶた祭り|控え室で待ち望んだ晴れ舞台
ラッセーラー、ラッセーラー
遠くにあった威勢のいい掛け声と太鼓の音とともに、大勢の男たちに担がれた「主役」が段々こちらへと近づいてくる。
青森の夜を煌々と力強く舞うその姿は、人々の目を一気に惹きつけた。
毎年8月2日から7日までの6日間行われる、青森ねぶた祭り。
東北3大祭りとされ、全国各地から多くの人が訪れる有名なお祭りだ。
ねぶたの周りを囲み、こぞってスマホを向ける群衆。
ねぶたの周りを跳ねて盛り上げる、ハネトと呼ばれる踊り子。
この祭りのために用意された簡易的な外席で、ねぶたを見ながらビールと談笑を楽しむおじさんたち。
老若男女、地元よそ者関係なく受け入れるパワーがそこにはあった。
今日は、青森がいちばん熱気と彩りに包まれる日。
太鼓の音の振動、煌びやかなねぶたの姿、掛け声、熱すぎるほど熱っ苦しいこの場の空気をぜんぶ、全身で感じる。
楽しい、楽しい、楽しい。
「ねぶたが日の目を見るときを、必ず見届ける」という1年越しの願いが叶ったあのとき、私には込み上げるものがあった。
初めての、白いねぶたとの出会い
青森に行こう、と思い立ったのは、コロナ真っ盛りの2021年夏。
大宮駅から1人新幹線に飛び乗り、秋田駅で特急に乗り換え、観光しながら北へ向かった。
初めての青森駅。
目の前に陸奥湾が広がる海に近い駅ということは、着いてから知った。
気持ちがいい。なんていいところなんだ。
日が落ちて暑さも和らぎ、海沿いに走った遊歩道を散歩することにした。
しばらく歩くと、右に大きな広場が広がっていた。
そこには白く四角い、大きなテントがずらりと並ぶ。
関係者とみられる人が、ぽつぽつとテントを出入りする様子が見えた。
周りに立ち入り禁止の文言は特に無く、近寄るくらいなら問題なさそうだ。
なんだろう、ちょっと見てみたい。でも部外者は来るなって怒られたらどうしよう。
それでも気になって、人の目を盗んでテントの近くまで行ってみた。
テントの入り口は閉じられていたが、運よく5cmほどの隙間が空いているテントを見つけた。
遠目からそっと中を覗く。
次の瞬間、わっ、と緊張が走り、一瞬で目を逸らした。
そこにはまだ色が塗られていない、しかし紙は隙間なく貼られて木組みもしっかりした白いねぶたが鎮座していた。
この大きなテントは全て、ねぶたの作成場所だった。
ねぶたをこんな直近で見るのは初めてのこと。
見ては行けないようなものを見てしまったどきどきを抱えながらも、
これがあの有名なねぶた祭りのねぶたかあ…。
ねぶた祭りっていつなんだろう…8月だっけ…来月だけどまた行こうかな。
早速次の旅の予定を立てている自分がいた。
非情な宣告。控え室に取り残されたねぶた
しかし、自宅に帰って調べたねぶた祭りの検索結果に、言葉を失った。
「2021年のねぶた祭りは、新型コロナウイルスの影響で中止となりました」
よく考えれば、祭りまであと1ヶ月もないのに色塗りが一切されていないのはおかしかった。でも…
あそこまで作ってあったのに……
あのテントには、青森の夜を彩るはずのねぶたが何十体も待機していた。
私は所詮、一度青森を訪れただけの観光客。
それでも、地元の人や作り手の人がこの祭りのためにどれだけの想いを込めていたか考えると、やり場のない悲しさと悔しさがあった。
あの控え室に取り残されたねぶたが日の目を見るときを、必ず見届ける。
よそ者ながらそんな決意がうまれた。
いざ出陣。青森が熱狂に包まれる日、ついに
2022年夏、私は再び青森を訪れた。
ねぶた祭り初日、屋台には昼から行列ができ、多くの人で賑わっていた。
透明なプラスチックコップに並々と注がれたハイボール片手に、私はねぶたの控え室へ急ぐ。
大きなテントの入り口が全開。その中は空っぽ。
胸がいっぱいになった。
まさに今、ねぶたが日の目を見た瞬間。
やっと晴れ舞台に立つことが許されたこの日。
大勢の男たちに担がれてゆっくり動くねぶたは、まもなく大通りで舞う準備にはいる。
暗くなれば電気が付けられ、より一層迫力が増す。
間違いなく、この夏の主役だ。
青森の夜を待ち侘びた堂々とした後ろ姿に、静かにそっと背中を押した。
いってらっしゃい。