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息子の心の声「僕だって読めるようになりたい」
ホワイトボードにいたずら書きをしようとした息子の手が止まった。
私には、それがなぜだかわかった。
その日は、居場所で凧を作るイベントがある日だった。
ホワイトボードには、もじゃもじゃ頭のパーマ先生の似顔絵と「あきらめない」というパーマ先生の大好きな言葉が、凧の見本として描かれていた。
息子が、ウシシといたずらな表情を浮かべながらこっそりホワイトボードに近づいた。
赤色のマジックでパーマ先生の鼻の穴から鼻血を出した。
そして
「あきらめない」の「ない」の部分を消し、黒ペンで何かを書こうとしたのだがその手が止まってしまった。
息子は、「る」が書けなかったのだ。
書こうとするが、書けない。
近くにいた先生に「ねぇ、『る』ってどうやって書くんだっけ?」と教えてもらっていた。
だからといってどうってことない息子。
「あきらめない」から「あきらめる」って書き換えたいたずらでウシシと笑っている。
ショックを受けているのはそれを遠くから見ていた・・・
母親の私である。
息子は現在小学2年生。学校には入学して2ヶ月で行かなくなった。
年長からスマイルゼミを始め、それなりに取り組んではいたけどタッチペンとの相性があまり良くなくて1年足らずで退会。
入学してからも、みんなと同じように椅子に座り、みんなと同じようにドリルなどで「勉強」していた時もあった。
だから、できないわけじゃない。
ただ、ものすごくしんどそうだった。
息子は、決められたことをするのが苦手だ。
教えられることも好きではない。
教材を使った勉強方法、公文、タブレットなど、そういう勉強方法を全て拒否する。
マイクラのプログラミングも試してみたが、誰かに何かを教わるということも拒否する。
怠けているわけではない。
どうしても無理なんだ。
そこに、息子の興味がそそられる何かを感じていないからどうしてもやりたくない、やる意味がわからない。
そんな風に見える。
学校に行けなくなって、食べられなくなり外にも出られなくなってしまった。
もう「勉強」どころではない。
心が元気になるまでひたすら見守ろうと思った。
毎日息子と過ごす中で、息子をより理解できるようにもなった。
息子は、自分から湧き出てくる感情でしか動けないし動かない。
だから私は「勉強」の声がけを一切やめて、息子のタイミングを待つことにした。
タイミングが来たら、きっと、息子は動き出す。
そう信じて。
信じて
信じて
待って
待って
・・・
いつまで待ってりゃいいんだ
この「いつまで」がわからないから、不安になる。
弟が一生懸命公文の宿題をしている側で、息子はテレビを見て笑っている。
本当にこのままでいいのだろうか。
そんなモヤモヤした気持ちが私の中で膨れ上がり、ある日、プツッと切れてしまった。
時刻は昼前。
せっせと昼ごはんの準備をしていた。
「お母さーん、ちょっと来てー」
私は作業を中断されることがものすごくストレスだ。
「え、なにー?今手が離せない」
「これ、なんて読むのー」
まただ。
これ、これがものすごくイライラするのだ。
ちょこちょこちょこちょこちょこちょこ呼ばれる。
「なんちゃらかんちゃらでなんちゃらかんちゃら(マイクラ用語がよくわからない)する方法調べてー」
私はゲームが苦手だ。苦手というより好きではない。
だから、聞かれてもわからない。わからないのに聞いてくる。
私しかいないから。
早く、早くもう自分で読めるようになってくれ。
ゲームとかどんどん極めていいから、自分で、自分で調べられるようになってくれ。
私はいつも心の中で叫んでいた。
ちくちく嫌味を言う小姑のように声に出ちゃったこともある。
でも、これはチャンスだ。
息子はゲームに今興味がある。
どうにか「学び」に繋げられないだろうか。
自分で調べられるようになりたい。
読めるようになりたい。
マイクラだけじゃなくて、もっといろんなゲームをやってみたい。
息子の中でこんな気持ちが芽生えたら、きっと道が開けるかもしれない。
ゲームが息子の学びの「きっかけ」になるのではないか。
チャンスだ!
私は、ずっと黙って見守り続けていた口のチャックをジジジっと少し開けてみることにした。
「一緒に調べようか」
しかし、彼にはその一言が「早く自分で調べられるようになってくれ」と伝わってしまい、ゴネゴネ文句を言い始めた。私も今までのチリツモが爆発してしまい、、、そこから母と息子のバトルが始まった。
「一緒に調べるとか嫌だ!キーボード打つのも嫌だ!」
「文章になるとイライラする!」
「いつもこうなる!こんな話するのも嫌だ!」
息子は、荒れに荒れた。
ドタドタと階段を駆け上り、2階の寝室から布団や枕をぐちゃぐちゃにしている音が聞こえてくる。
私はただ・・・「一緒に調べようか」と誘っただけだ。
文字が読めればもっともっと世界は広がる。
オンラインで友達だってできるかもしれない。
タイピングだって練習すればゲームだって自分で作れるかもしれない。
もっともっと毎日が楽しくなる。
わからないことがわかるようになるって、
できないことができるようになるって、
素晴らしいことだよ。
私はただ・・・そう思っただけだ。
ポロポロと涙が出てくる。
私には何ができるだろう。
どうすれば、道が開ける?
どうすれば、導いてあげられる?
どうすれば、どうすれば・・・。
しばらくして、息子が降りてきた。
そして、涙声でこう言った。
「僕だって、・・・・・僕だって本当は読めるようになりたい。でも、どうしても文章見るとイライラする。○くん(弟)はどんどん読めるようになってて・・僕より小さいのに。それも悔しい」
聞けた。
息子の心の声だ。
引き出せた。
「本当は読めるようになりたい」
息子はそう思っていたんだ。
「うんうん。気持ち聞かせてくれてありがとう」
私たちは、2人で泣いた。
息子の葛藤が伝わってきて、胸が締め付けられた。
なんとか、なんとか見つけてあげたい。
息子に合った学び方を。
こんなに頑なに拒否するのには何か原因があるのかもしれない。
・・・発達検査、受けてみるか。
以前、同じ居場所に通うママさんから勧められた機関を思い出した。
検査を受けることで、その子に合った学習方法を提案してくれると。
その時は検査なんて受けられる状態ではなかったが、今回はいけるかもしれない。
「どんな学び方が○くんに合ってるか、調べに行ってみる?」
・・・
「うん」
息子がその気になった。
チャンスだ。
しかし、発達検査の内容を機関の方に詳しく聞いてみると、今の息子には酷だと思った。息子の特性や現状をお話しし、相談した結果、今回は検査は見送ることにした。
代わりに、「教育相談」として1時間面談することになった。
当日はものすごくスムーズに出発できた。
電車に乗って遠いところだったが、文句一つ言わずに向かってくれた。
いい感じだ。
何か、何か見つかるかもしれない。
私は期待していた。
ところが、結論から言うと、、、あんまり収穫はなかった。
特性をお話しして、最後の方にちょろっとカードゲームやボードゲームをやって、その様子から「やはり苦手がありますね」ってことで終わってしまった。
検査もしてないしね。
なんだか、ものすごく落胆してしまった。
あああ・・・ガックリだなぁ。
何か、見つかると思ったのになぁ。
でも、せっかく学ぶことに興味を持ち始めているから見つけてあげたい。
このチャンスを逃したくない。
私はその一心で、タイピングを練習できるサイトやゲームを提案してみたり、パーマ先生がマイクラに絡めた面白いドリルを作ってくれたのでそれを提案してみたり、1日1文字でいいから練習してみる?って声をかけてみたり・・・
できることだけ、少しづつでいいから、やってみようよ。
そう働きかけていた。
最初のうちは息子もタイピングとか少しだけ取り組んでみるものの、あっという間に気持ちが離れてしまい、私の声がけも全く響かなくなってしまった。
それどころか
息子は吃音が出るようになってしまった。
言いすぎた。
言いすぎたかもしれない。
私の期待や思いをのせすぎた。
やっちゃった・・。
また、私、やっちゃった・・。
うまくいかない。
うまくいかないなぁ。
原因ははっきりわからないけど、でも、息子が自分でも無意識のうちに「学ぶ」ことへのプレッシャーを感じていたのかもしれない。
息子の言葉がつまる度に、胸が痛む。
ごめんね。
だから、今、再び口のチャックをジジジと閉めることにした。
ゲームに「きっかけ」がある気がしたけど、息子にはまだタイミングはやって来ていないのかもしれない。
はぁ・・
どうすりゃいいのかなぁ・・・
居場所に行かない日も、やることがない。
何するー
何するー
って絡みついてくる。
読めればなー
漫画読んだりさ
マイクラの裏技の本読んだりさ
図鑑眺めたりさ
できるのに
タイピング覚えれば
自分でいろんなことを調べたり
オンラインで友達作ったり
世界が広がるのに。
そう思ってしまう。
いくら私がそう思っても、思っているのは私であって、息子ではない。
やっぱり、タイミングを待つしかないのだろうか。
なかなか言葉が出てこない息子を前に、どうすればいいのか考える。
考えるけど、わからない。
このままでいいのかなぁという不安は、「大丈夫」だという言葉でいくら上書きしようとしても、
私の信じる気持ちが追いつかなくて
時代は変わることへの私の想像力が足りなくて
やっぱり不安でいっぱいになる。
目に見える形の勉強方法は安心する。
私もそうやって生きてきたから。
そこに何も疑問なんてなかった。
だけど
彼は違う。
教育相談に行った帰りの電車の中で息子と手を繋いでいた。
息子が「僕に合った学習方法なんだって?」と、目を輝かせて聞いてきた。
私はうまく答えられなかった。
電車で遠出なんて絶対してくれなかったのに、息子は出かけてくれた。
そこにどれだけの「期待」があったのか、そのことを思うと心が痛む。
もどかしい日々。
きっかけを探す日々。
息子が「学びたい」という気持ちに出会えますように。
世界はもっと楽しいよ。
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