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『月の立つ林で』はやさしさが心に染み入る

2023年に本屋大賞5位に選ばれた『月の立つ林で』(著:青山美智子)は、5章で構成される連作短編集だ。

どこの章から読んでも読み切りのように独立して読めるので、オムニバス形式に思えるが、それぞれの章に連続性があるため連作短編集という。

はて? 連作短編とは?

本の情報サイトの『好書好日』に掲載されている、作者の青山美智子さんのインタビュー記事がわかりやすい。

私はドラマや映画を見ていても、主人公じゃない人、セリフがない人がすごく気になるんです。そういう人たちが何を考えているのか、それを書けるのが連作短編なんですよ。1章では脇役だった誰かが、2章では主役となってその人の言い分が言える。そんなことが実現できるのが小説の面白いところであり、連作短編の面白さでもあると思います。

青山美智子さん「月の立つ林で」インタビュー 月とポッドキャストが結ぶ「見えないつながり」の物語|好書好日 (asahi.com)

わかる!
映画やドラマで戦国時代の戦いのシーンがあると、米粒ぐらいにしか映らない、名もなき足軽たちの人生を想像したりする。
学校のクラスのなかでは「あいつ誰だっけ?」なんて、誰の記憶にも残らないような「その他大勢」に括られる人たちのほうが気になったりする。

では、どんなストーリーなのか。

タケトリ・オキナという男性の『ツキない話』というポッドキャストを、それぞれの章の主人公が耳にする。
偶然、見つけた人もいれば、人から紹介されて見つけた人もいる。
そして、穏やかで優しく、どこかさみしい男性の声が流れてくる。

「竹林からお送りしております、タケトリ・オキナです。かぐや姫は元気かな」

月にまつわる豆知識を毎朝決まった時間に10分間話すだけ。
竹取物語の竹取の翁の設定であることは一目瞭然である。

1章の主人公

40歳を過ぎて看護師を辞めた実家暮らしの女性。
40歳を過ぎてからの転職活動は、面接にすら進むことができず、エントリーで落とされる日々が続く。
超氷河期世代のリアルだ。

「看護師だから安心」「看護師のくせに」というワードにイラつく主人公に、職業は違うけれど、同じようなことを言われてイラついた経験がある人も多いだろう。
そして、彼女が退職しようとした決定的な出来事に、部下や後輩にアドバイスをする立場の人はハッとするのではないだろうか。

だけど、人のために役に立ちたいなんて、そんな想いは傲慢だったのかもしれない。自分が気持ち良くなりたかっただけだ。

『月の立つ林で』:一章 誰かの朔

2章の主人公

上京して8年になる30歳の売れないお笑い芸人の男性。
コンビを組んでいたが、人気があるほうの相方が演劇に魅せられてお笑いを辞めてしまった。
相方のほうが優秀で華もあり、舞台映えもして記憶に残る。
それに比べて自分は……それでも彼は宅配の仕事をしながら芸人を辞めずにいる。

「見返したい」と思うことは誰にでもある。
それがモチベーションになることもあるだろう。
しかし、「見返す」ということを考えさせられる。

「……月って、自分があんなふうに光ってるなんてきっと知らないんだろうな。教えてやりたいな」

『月の立つ林で』:二章 レゴリス

3章の主人公

娘に「結婚します」「妊娠してます」と告げられたバイク整備士の56歳の父親。
バージンロードを歩くのはなにも娘だけではない。
娘を持つ父親だって、新婦の父親として結婚式のバージンロードに夢を持っている。

ドラマの見過ぎなのか、一度や二度は、「許さん」なんて言いたいらしい。
しかし、娘は結婚式をしないと言う。
しかも娘の相手はというと、細くて頼りなさそうなしゃべらない男。

主人公の娘に対するデリカシーがない言動も、不器用だけどあたたかい、父親のやさしさを引き立てる。

 だけど、これだけは忘れないでくれ。俺はいつだってぼうぼうと心を燃やして、おまえのこと、おまえたちのこと、想ってる。

『月の立つ林で』:三章 お天道様

4章の主人公

中学3年生のときに親が離婚し、現在は母親と暮らしている高校3年生の女の子。
相棒はスクーター。
ウーバーイーツのバイトで訪問した注文者の家がクラスメイトの男の子の家だったことから、物語は思わぬほうへ展開する。この章は濃い。

父親の面影を自分と重ねている母親との関係や、クラスメイトとの恋のような友情のような関係もまた、主人公の若さも相まって、苦しみさえも眩しく映る。
そして、点と線が繋がるのがこの章だ。
もう、多くは語るまい。
作者の青山美智子さんは前述の『好書好日』のインタビューで、この章について、『月の立つ林で』というタイトルが一番合う章だと話していたのも納得だ。

5章の主人公

ハンドメイドの通販サイトでワイヤーアクセサリーの作家として出店している28歳の女性。
夫婦2人で暮らしていて、世話焼きの義母はいるが、穏やかな結婚生活を送っている。

ある日、作品の作業中に、急に夫の笑い声が気に障るようになる。
仕事が好調になる一方で、日常が少しずつ変化していく。
働き過ぎを心配する夫。
理解のある夫と捉えるか、自分に興味がない夫と捉えるか……。

「そうね。相手の姿が見えないからって、想像ばかりで決めつけてしまうのはだめね」

『月の立つ林で』:五章 針金の光

『ツキない話』は人から人へと繋がれて、なにを運んでゆくのか……。

読んだ後は心があたたかくなり、本の帯に書かれているこの言葉がスッと入ってくる。

似ているようでまったく違う、新しい一日を懸命に生きるあなたへ。

きっと知らないうちに、誰もが誰かに影響を与えているのだろう。
誰かの言葉で最悪だった日が、誰かの言葉でいとも簡単に最高な日にもなったりする。その誰かは自分かもしれない。
自分のほんの少しの変化が、どこかの誰かに大きな変化を与えていることだってあるのだ。

そして、わたしは『ツキない話』で月にまつわる話をきいて、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』で月にかけて愛を誓い、ジュリエットに「満ち欠けをする変わりやすい月になんて誓わないで」と言われたロミオのことを、なぜか思った。

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