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リアルのようでリアルじゃない、ロン・ミュエク(フォーリンデン美術館、オランダ)
オーストラリアのアーティスト、ロン・ミュエクの展覧会がオランダのワッセナーにあるフォーリンデン美術館で開催されています。
ロン・ミュエクは職人技と細部へのこだわりによって実物と見まがうほどのリアルな彫刻を作り、人間の普遍的な経験や感情を伝えています。
でも、作品のサイズはリアルとはかけ離れています。彼の作品は驚くほど巨大なものか、実際にはありえない小さなものだからです。
フォーリンデン美術館では1996年に制作された初期の作品から最新の作品まで15作品が展示されています。
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最初の部屋にあった作品《毛布の中の男性》。
部屋に入るときは毛布しか見えず、なかには赤ちゃんがいるのかなと覗いたらおじさんがいて、うわっと驚きました。
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おじさんなんだけど、毛布にくるまれてすやすやと安心して寝入っていて赤ちゃんのようです。
赤ちゃんがいると思ったらおじさんで、おじさんなんだけど赤ちゃんに見える。予想したものと実際に見たものとの間にある矛盾によって、「えっ、おじさん!でも、かわいい…のか?」と、感情が混乱しました。
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裸ではあるけれど、髪を櫛で整え、髭もしっかりと剃って神経質に身づくろいをしている男性が舟に座っています。
両手を組んで、まるで右前方になにか気になるものを見つけたように片方の眉毛を上げています。展示室にいる人たちは(私も含めて)無意識に、彼と同じ角度に体を傾けて同じ方向を見ていました。
舟に乗っている裸の男性と言うと、ギリシャ神話に出て来る冥界の川の渡し守カロンを思い出します。もしかしたら、この青白い顔をした行く先をいぶかし気に見つめる男性は、死後の世界へと渡っている途中なのかもしれません。
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暗い部屋を覗くと大きな顔がぼーっと浮かんでいました。体はなくて、顔だけです。
こちらを非難するようでもあり、うちに抱えた悩みに苦しんでいるようにも見えます。
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次の部屋では、100個もの巨大な人間の頭蓋骨がごろごろと転がっているいます。でもよく見ると、それぞれの頭蓋骨の色合い、骨と骨の継ぎ目、残っている歯の数、顔面の細部が微妙に異なっています。
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なんか、笑っているような骸骨。
これだけ同じようなものがあると、その差異によってなんとなく気に入るものが出てきます。
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美術史において、頭蓋骨はしばしば「メメント・モリ(死を想え)」、人生の短さを象徴します。
このドクロがで溢れる部屋はインスタグラマーたちの格好の撮影場所になっていて、死と刹那的な栄華や快楽が皮肉な対比となっていました。
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大きな窓がある素敵な寝室で巨大な女性が寝ています。
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寝起きにベッドでまどろんでいるのか、物思いに沈んでいるようです。
私とはぜんぜん大きさが違う彼女ですが、なんとなく同じことを考えてそうな感じがします。
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実際の大きさよりも、全てがちょっとずつ小さい作品。
女性の身長も洋服も靴もショッピングバッグもショッピングバッグの中のトマト缶やそのほかの日用品も。
日常の悲哀や小さな痛みがぎゅっと凝縮されているようです。
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疲れてぼんやりと目の前を見る女性と、彼女を見上げる赤ちゃん。
乳飲み子特有の口の形が愛らしいです。
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こちらはロン・ミュエクの最初期の大きな赤ちゃんをモティーフにした作品。超絶技巧だけど、まだちょっと人形っぽい。目と毛の表現がちょっと違うのかな~。
十年後の迫真の赤ちゃんは下のリンクからどうぞ。
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フォーリンデン美術館の常設展示室にある作品です。
ここまでのロン・ミュエクの作品は孤独な大人ばかりだったので、この老夫婦の作品が特異なものに思えました。
女性が男性に向ける眼差しはやさしいし、男性は彼女のほうを向いていないものの右手で彼女の二の腕を触っていて、二人の穏やかなつながりを感じます。
ところが、解説を読むと、不穏なことが書いてありました。
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女性の左手の薬指には今ではサイズが小さくなった指輪が嵌められているのですが、ちょうど彼女の胸の下で握って鑑賞者から見えない男性の左手には指輪がないんだそうです。
長い時をともに過ごしてきた老夫婦だと思っていたのに、指輪の有無によって彼らの関係が一気に曖昧なものへと変化しました。
最初の《毛布の中の男性》と同じように、予想したものと実際のものとの間にある矛盾によって感情が混乱してしまいました。
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ロン・ミュエクはひとつの作品の制作に数年を要することが多いため、彼の作品は現在48作品しかないそうです。今回の展覧会はこれまでで最大の15作品が展示されていて、ロン・ミュエク好きな私にはとても幸せな展覧会でした。
Ron Mueck
2024.06.29-2024.11.17
Voorlinden Museum
Buurtweg 90
2244 AG Wassenaar
The Netherlands
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