断酒2か月達成の新境地
断酒して今日でまる2ヶ月経った。
一度たりともお酒を飲みたいと思ったことはない。
今の想いと気付きを綴る。
振り返れば
宴席の場だけでなく、ひとりで飲む時でさえも、
酩酊するまでアルコールを浴びていた日々。
二日酔いは週に1回は当たり前。その度に自己嫌悪に陥った。
今思うと自分軸からズレてしまったがために乱れた波動を、
飲酒によって調整しようとしていたのではと思っている。
波動を調整するために酔っぱらわなくてはいけない。そういう理論だ。
(なんちゅー理論だ)
酩酊している自分こそ、本当の自分なのかもしれないとさえ思っていた。
(酔拳のジャッキー・チェンのような!?)
要するに、酔っぱらうためにお酒を飲んでいたのだ。
しかし、一方ではそんな誤った思考の渦にいる自分のことをちゃんと自覚していて、内心では誰かに助けを求めていた。
「私はきっと心の病気を持っているのよ!誰か気付いて!」などと、まるで悲劇のヒロインの如く。
ところが、「自分を大切にできるのは、自分しかいないのだ」と63日前に突然気が付いたのだ。
ようやく出てきた効果
断酒を40日間経過したあたりから、精神状態が随分と安定してきたような気がする。針山だった神経が、丸くてツルリとなったイメージ。
理由は大きく下記2つ。
なにはともあれ、時間の経過と共に「自分を大切している」という体感覚を徐々に得られたことで、自分のことを誇りに思えるようになってきたのだ。
自己嫌悪の日々はギフトだった!?
実は私はかつてヘビースモーカーでもあった。そして今回もアルコールに依存していたわけで。
ふたつともなぜ辞めたのかというと、私の中の「自己嫌悪」というタンクが満杯になったからなのだと思う。
これまでの話を逆説的に言うと、私にとってお酒もタバコも、自己嫌悪という感情をじっくりと存分に味わうためにあるツールだった。
言い換えると、人生をかけて「自己嫌悪ゲーム」のようなものを楽しんでいたのだ。
「自己嫌悪」を味わおうとして、それらの特性をわざと利用して、必要以上に摂取していたのだと思う。
そしてそれがついにゲームオーバーを迎えたので、お酒もタバコも必要なくなった。そんな感じ。(自己嫌悪タンクが一杯になって、もうそれ以上入らない感じ。)
ゲームを攻略した人が味わう達成感は、その人にしか味わえない。
そう捉えると、今までの自己嫌悪の日々は天からのギフトだったのだと思えてしまう。
もう、何というか、解放感が半端ないのだ!!
檻から解放されたような気分!!
まとめ
自己嫌悪を誘発する因子はお酒やタバコ以外にも日常的にあると思う。もし自己嫌悪ループにハマって苦しんでいる人がいたら、これはゲームなんだと思ってみたらいかがだろうか。
(特に40年以上も生きてきた人たちなら、誰しもその攻略時期に来ているはず!)
自己嫌悪や自己否定が薄らいでくればくるほどに、自分を大切にしようとする気持ちがむくむくと湧いてくる。本当に尊いことだとしみじみ感じる。
そんな訳で、今の私は罪悪感ゲームと不安感ゲームを攻略しようと楽しんでいる。
自己嫌悪と平行して、これまでずっと抱えていた罪悪感と不安感も、今回の経験を経て攻略すべき感情なんだと捉えられるようになったのだ。
まさか断酒によってこんな境地に立とうとは。
断酒して2ヵ月達成の新境地だ。