わたしは自己肯定感から
あなたの生きづらさはどこから?
筆ペンで書く文字は正確性が求められる硬筆と違い、それっぽくなることに気づいた小学校低学年の私。
冠婚葬祭用に常備されていた筆ペンをこっそり拝借しては気分は書道作家。次々と作品を生み出していた。
ある日、勝手口の近くでちょうどよいサイズ感の木片を見つけ、こう書いた。
人生とは なんだろう
それっぽく自分の名前の頭文字を添えてそれを四角で囲んでみたりなんかして。気分はみつを。
その木片はすっかり忘れたころに母親によってある日突然見つけ出された。
「怒られる!やばい!」と「ばれた!?」の感情を必死に押さえつけポーカーフェイスを貫く私に母が一言。
『見てこれ。なんだと思う?くだらない。おじいちゃんが書いたんだろうね』
半笑いの母。
頭文字が祖父と同じだったゆえのミラクルか。はたまた小学生がこんなこと書く訳ないという母の感覚か。
なんにせよ会ったことのないご先祖様に感謝したことを覚えている。そして少し傷ついたことも。
私は小さな頃からとにかく様子をうかがう子だった。
おかあさんは忙しいから。疲れてるから。今なら怒られないかな。こういう時は喜んだ方がいいのかな。
おっと喜びすぎたみたい。げんきんな奴て言われてしまった。難しいな。お父さんに声かけるの怖いな。
ぐるぐるぐるぐる…。
ぐるぐる思考をめぐらせ周りに溶け込むように。出しゃばらず。自分らしさって何?
気づけば20代半ば。思考が辿り着いたのは「私何もない。空っぽだ。」空虚駅。思考の終点駅は底なし沼でした。
志望の高校に入って、希望した就職先に採用され、外見も周りから褒められる程度の容姿ではあったようで、私の人生ははたから見たらすごく順風満帆。人生イージーモードでしょ?という風に映っていた。
その自分の認識とのとてつもなく大きなズレが違和感で恐怖で。こんな私のことをほんとに好きだて言ってくれてるの?本気で褒めてるの??と貴重な友人に対しても半信半疑の嫌な面倒くさい奴。
空っぽな自分でいると気が狂いそうで、周りから見えている自分像を目指し外見を取り繕ってみてもぜんぜん埋まる気配なし!満たされない。
けれど本屋に並ぶ自己啓発本には価値を見出せず。「誰にでも言えるその場しのぎの言葉が並んでるだけでしょ。」という思考。
出されたものは全部受け取らなきゃ!と思っていた私にはまだ自己啓発本は早かったということです。
自分がAC(アダルトチルドレン)だと自覚し、カウンセリングに行ったら何か変わるかな。とふと思い立ち即予約!
病院ではなく、ブログもされていた優しそうな女性カウンセラーさん。
高速バスで3時間?全然大丈夫!プチ旅行気分でいいじゃん。予約をした瞬間心に羽根が生えました。
よし!これで大丈夫。ここに行って話を聞いてもらえば私はきっと前向きになれるーやったー!!!
…数日後。
いや待てよ。ちょっと冷静になろうか。
私はそこに行って見ず知らずの初対面のお姉さんに何を話すのだろう。家庭の恥を、自分のだらしなさをぶちまけて何が残るだろう。
わざわざ往復6時間かけてお金もけして安くないぞ。自分の苦しみがカウンセラーさんからしたらくだらない大したことない話だったら?私がオーバーなだけだったら?
そもそも初対面の人にどこまでさらけだしていいんだっけ…全力で寄りかかられてもどう考えても迷惑でしょ。
普段はこの気持ちにフタをして暮らせているのに、わざわざお金かけてフタあける価値ってあるのか?一度開けてしまったらその後始末は自分でやらないといけないんだよ??
出来るの?自分。
…いい、いい!やっぱ大丈夫!AC?だから何?私大丈夫だわ!ここにかけようとしたお金で欲しいものかって美味しいもの食べれば大丈夫だわ!うん。いける!
キャンセルしました。
次の波は30を迎える頃。
人の言葉に心乱されて落ち込んでしまうのは自分の受け取り方が良くないんだ。
とらえ方を変えれば生きやすくなるのでは…
Neuro Linguistic Programing(神経言語プログラミング)の学校のセミナーを受けてみました。
NLPは端的に言うとネガティブをポジティブにとらえるための手段のようなものだったと記憶しています。ざっくりすぎて申し訳ないです。
「頑固な人」→「一本気で信頼できる人」というように視点を変えて捉えればそれは長所になりませんか?というような考え方を訓練する体験をしました。
体験を終えた私はここはなんて優しい世界なんだ!言葉ってすごい!と目の前の道がぱぁっ!と開けました。
ここで訓練すればこれからはずっと心が軽いままでいられるかも…と救いに感じました。3か月60時間10回で約40万円。
自分への先行投資だ!そう思い申込書に記入して帰宅。
話はまとまった!はずなのにまたあいつが現れます。
…ちょっと待ってごらん?冷静にあんた40万て。安くないよね。安くないお金をかけて通って、卒業した時に心は晴れてても物質的に、社会的に財産になるものが何か得られるの?
NLPコーチ側になる道?さらに無限にお金かかるんじゃないの?修了証明書をもらったところで人にすすめたり出来ない人じゃん自分。
起業するタイプでもない自分が収入に即決するわけではない資格をお金かけて学んでとる意義は何なん?友達に言ったらひかれるんじゃない?親に言ったら呆れられるよ絶対。
だったらほら、仕事と家の往復で窮屈なだけなら何か習い事でもしたらいいじゃない?ヨガなんてどう。ヨガ。いいよヨガ。近所の体育館で月数千円だよ?
とりあえずはそれで様子を見てみたらいいんじゃない?かけようとしたお金で旅行行くとかでもいいじゃん。
…そっか。そうかも。お金かけて何にもならないならまた絶望しそうだしね!もういい年だからしっかり働いて生活の基盤が整えばささいな悩みなんてどうでもよくなるよねきっと。
自分がカウンセラー側になれる気なんて全くしないし。よし!やっぱりやめよう!ヒント学べたからそれで大丈夫だわ!いい経験だった!うんうん。私はまだいける!
セミナーに参加しただけで終わりました。
けれど、言葉について考えるようになり見向きもしなかった自己啓発本たちをたまに手に取るように変化しました。
今でも記憶している大波はこの2つですが、小波(パワーストーンに占いに漢方に…)にも揺られながら自分の生きづらさを解消しようとしていたある日。思わぬ形で心が「自立」する道が開きました。
ACのカウンセリングは受けなかったけど、ブログなどを読み漁り、根っこにある家族、特に母親への思いを解消することが大事であること痛感していました。
とてもとても不安定な関係性ではあったけど、平穏な時期は母親から食料品が送られてきてお礼の連絡をすることは出来ていたので、思い切って自分の心に抱えていた思いを曝け出してみることに決め、手紙を送りました。
一番勇気を振り絞って書いたのは「私は小さいころどんな子供でした?」の一文。
ちゃんと私のことを見てくれていた。自分が望む形や方法ではなかったけど、確かに私は愛されていた。という確約を求めて投函!
投函して数日は電話が来て怒鳴られたらどうしよう…メールで問い詰められたらどうしよう… とそわそわ。
少したって返信が届きました。
お母さんの本当の気持ちに触れることで、親子の関係も私の空虚感も変わるかもしれない…。
どきどきしながら、震える手であけるとそこにかかれていたのは、アットホームドラマにはない展開でした。
いきなり何?あんたたちは愛されてないとか言うけど人がどれだけ苦労して育てたと思ってるんだ。いつもそうやって人の思いを裏切る。
小さいころどんな子だったかなんて正直大変すぎて覚えてない。これだけしてやってるのに腹が立つ。もうあなたには何もしません。
…控えめに言ってこれは毒親認定になるのでしょうか?それとも素直じゃないお母さんかわいいなぁ枠?
え?こういうのってお互いの本音を知り、お互いの苦労や寂しさを理解しあいあたたかい気持ちになるものじゃないの?
それで次会う時にはこれまでとは違う優しい気持ちで会話できて・・・えー?なにこれー!何が起こったんだー!!
( д) ゚ ゚
『小さいころどんな子だったかなんて覚えていない』 ここを読んだ瞬間、自分の中の不安で愛されたくて体育座りしていた小さいころの自分がスッ・・・と立ち上がりチベットスナギツネの目になりました。
私のボールを1つも受け取らず、倍以上のボールを投げ返してきた母親の勢いにひとしきり笑ったあと浮かんだ感情は…
「あほらし。なんかもういいや。」
でした。これ以上理解しあえない・相容れないのにそこを掘り下げても泥試合だ。
やーめた。
予想のはるか斜め上の展開だったけど、確実に私が親の呪縛から解き放たれた瞬間でした。
そこから自分軸というものを考え始め、友人に素直に自分の心をさらけだすように意識しだし、必要としているときに必要な言葉を自己啓発本からつまみ食いし、鈍行列車だけど空虚駅を抜け出しました。
あの言葉をきっかけに自分の中の価値観が変化して数年…自己肯定感は少しずつでも着実に心の中に積みあがっています。
自己肯定感が上がっていることを実感することが嬉しい今日このごろ。
かけられたかった言葉とは違ったけれど、結果親の呪縛から巣立つことが出来たのであれはあえてそうしてくれたのでは・・・?と思ったりしてみる心の余裕もあります。
お互いあの事件(笑)には触れませんが、母の日や誕生日にはメッセージを交わしたまに美味しいものを送ってはお礼を言いあう。
穏やかな日々です。
生きづらさを抱えてしまう人は、きっと人生に意味を求めないほうがきっと深呼吸しやすいよ。
色々あってぐちゃぐちゃな感情になったときは、自分で自分を抱きしめよう。
まずはそこから。今日も自分を肯定して愛して生きていこう。