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26年前、合格間違いなしと言われた大学受験で大失敗した話

自分なりに考えて、納得して行動する。行動した後は結果は決まっているから、なるようにしかならない。自分に人生の最終決定権があると思ってしまうと、うまくいかなかった時に自分を責めてしまうこともあると思う。結果は決まっていて、自分はそこに行くための方法を選んだだけなんだと思うようにしています。

――ご存知の方も多いであろう、芦田愛菜さんの名言。

芦田プロにしてみれば、もう100万回くらい聞かれているだろうけど、それでも「人生何周目??」ってあえて尋ねたくなるくらい、深い言葉。

「そうなのかなあ、そうなのかもしれないなあ」と思いながら私の人生を振り返ったら……そういえば、あった。まさに「結果が決まっていた」としか思えない、導かれたような瞬間が。

それは、大学受験。今から26年前(え!?26年前!?!?)のこと。

聞いてほしい、私が運命に導かれるがごとく、大失敗をした話を。


「受験は水物だから」

受験目前、高校3年生の冬。勉強しながら聞いていたラジオから、なんだかかっこいい音楽が流れてきた。誰の曲なのか思わず聞き耳を立てていると、DJが口にした名は、宇多田ヒカル。15歳が歌う「Automatic」をBGMに、18歳だった私は受験勉強に追い込みををかけていた。

このあと紹介するのは、そんな時代の出来事。
ずっと前のことだけど、自分にとって笑っちゃう大事件過ぎて、あれもこれも意外とはっきり覚えている。

大学受験を控えた私の第1志望は、早稲田大学理工学部の某学科だった。模試では、安全圏内の判定が出ていたように思う。

多くの受験生が併願する慶應大学の理工学部は、第1志望だった早稲田のその学科よりちょっと偏差値が高くて、模試の判定も微妙な感じだった。校風的にも慶應より早稲田のほうが私にとって居心地がよさそうなのは明らか。早稲田なら実家から通学できるけれど、慶應だと一人暮らし確定という事情もあった。

予備校で相談すると、数学のS先生も物理のF先生も、「第1志望の早稲田に受かるよ。慶應受かるなら早稲田も受かるから、慶應受験しなくても大丈夫」と断言する。親とも相談して、早稲田に照準を定めた。

慶應・理工学部は2月14日が試験日だったが、そんなわけで同日試験の別の滑り止め校の書類を、私は手書き(!)でせっせと準備していた。

すると母が言ったのだ。

「慶應に出願しておきなさい。受験は水物だから」

もし何かの事情で慶應に行くことになったら、その時は生活費も学費もそれなりに考えるから、と。

そう?そういうもんなの??じゃあ、念のため。
――母のアドバイスに従って、急遽予定を変更した。

試験前夜、初めて赤本を開く

まあ、そんな感じの慶應受験だったので、対策なんてしちゃいない。早稲田の赤本(って今もいうのかな??数年分の過去問をまとめた辞書みたいな問題集)は、1冊を何度も繰り返して解くほどだったのに、慶應は一応買ってあっただけ。

慶應試験の前夜。そういえば化学の勉強がすっからかんだと気づいた。
当時、私は予備校の物理・F先生の大ファンで、休み時間に質問に行くのが生きがい。故に、物理は狂ったように勉強していて、ちょっと優秀なレベルだった。THE 青春。一方、化学は大嫌い。慶應対策どころか、学校の定期テストさえおぼつかないレベルだったのである。

私が目指していた早稲田は、物理と化学の2科目が同一時間にまとめて出題されるので、化学の分を物理でカバーしようと考えていた。ところが、慶應は必須科目として物理と化学の2つが、それぞれ単独で準備されていた(当時)。

「やば。これじゃ明日の化学、白紙かも……」(←本気)

さすがに焦って初めて慶應の赤本をパラパラめくってみると……どうやら多くの年が似たような範囲から出題されているようだ。

実家から試験会場までは電車で2時間半。
「電車の中で暗記すればいいか」――そう思って、頻出していた範囲に特化した厚さ3mmくらいの薄っぺら~い単元別参考書を本棚からバッグに突っ込み、そのまま、寝た。

「……解ける!解けるぞ!!!!!!」

翌朝、慶應受験当日。

火事場の馬鹿力ってすごいよね。他の教科は投げ打って、2時間半、全力で前日バッグに突っ込んだ化学の参考書を丸暗記した。

その直後、2つの奇跡が私の身に舞い降りる。

まず、得意の物理。デジャヴが起こる。
目の前に現れた問題は、かつて早稲田の赤本で目にしたことがあった。それは、高校レベルの知識では太刀打ちできず、知ってる者勝ちの内容だった。
初めて赤本で出合った時、解答ページに向かって「わかるわけないじゃん!浪人生対象にすんなよ!!こんなの知らなかったら試合終了じゃん!!!」とリアルに暴言を吐きまくったから、頭に焼き付いていた。知っていたから、試合終了にはならなかった。慶應に挑む私を、早稲田が救ってくれたのだ。

続いて、化学。
――ちょ。嘘でしょ。見事に、ヤマを張ったところしか出ない。
「解ける……解けるぞ……!!!」
もはや、進研ゼミのマンガの実写版である。

化学の受験勉強時間に至っては、占めて2時間半。

終了のチャイムが鳴り響いた瞬間……いや、チャイムが鳴る前から、私は慶應の合格を確信していた。

ものすごい余裕。なんでこんなに時間が余るの!?

本命の早稲田の試験は、その数日後だった。慶應の結果が出る前だったが、既に合格を確信していたのは前述の通り。「慶應に受かるくらいなら、早稲田は絶対受かるから」と予備校の先生たちに言われていた私は、だいぶ楽な気分で早稲田の試験会場に向かった。

それでも、受験は水物だから。しかも私は不安症だから。やっぱり緊張していたのは間違いない。母が作ってくれたお弁当が喉を通らず、「…おぇっ…」と嘔吐えずきながらなんとか完食したことを覚えている。その時気づけばよかった。「私は平常心とは程遠い場所にいた」ということに。

事件は理科の試験で起こった。

先に説明した通り、早稲田・理工学部で私が目指していた学科では、物理と化学をまとめて、90分だか120分だかの時間で回答しなくてはならない(当時)。

いよいよ本番だ。何度も何度も対策した。最後の問題に辿り着いて時計を見ると、時間はたっぷり残っている。しっかり見直ししよう。

――そうやって見直し2周目に突入した頃だろうか。心に芽生えたのは、ちょっとした違和感だった。

「なんだか余裕がある。余裕が……ありすぎる」

その時だった。じっくり見直していた問題用紙の裏の下から、ヤツが現れたのだ。――それは、もう一枚の真っ白な解答用紙だった。

そう。

ワタシ、ブツリシカトイテナカッタ。
カガク、トキワスレテタ。

リアルに「息をのんだ」のは、後にも先にもこのときだけかもしれない。

しっかり対策してきたのに。
2科目同時のテストだってことは、骨の髄まで染みわたるほどに把握していたはずなのに。

――「詰めが甘い」と私を初めて評したのは中学の恩師。それから6年後、私は満を持して、その真髄を大学受験会場で発揮したのである。

静かに、それまでの人生で一番、焦った。

咄嗟に時計に目をやると、残り時間は15分を切っていた。このわずかな時間で、苦手な化学を解ききれるはずがない。せめて私にできることを……と、記号で回答する問題を勘で埋め終わったころ、チャイムが鳴った。

もはや笑うしかなかった。
落ち込むどころか、心の底から笑ってしまった。
その瞬間、私は早稲田の不合格を確信していた。

後日談

結果は予想通り。慶應に受かって、早稲田に落ちた。
予備校の先生に報告すると、S先生にもF先生にも「お前、一体早稲田で何したの?」と言われるほど、早稲田に落ちたことも、それなのに慶應に受かったことも、どんでん返しの結末だった。

これは余談だが、実は私は、早稲田の人間科学部と慶應の情報環境学部も受験した。結果、前者に落ちて、後者に合格した。

つまるところ、慶應2勝、早稲田2敗。

想定外の展開で慶應の理工学部に進学することになった私は、高校の同級生に、心底心配された。

「ちょっとやじ、大丈夫!?慶應って、デニムでキャンパス歩けないらしいよ!」「学食のサラダ、600円するらしいよ!?」

ガサツで田舎者でおしゃれにも無頓着な私だったから、キラキラなイメージの慶應で生き抜けるかどうか、私も心配だった。

が、行ってみたら、なんとかなった。

デニムを履いていても友達はできたし、学食でもいろいろ食べた。
結果的に、夫と出会ったのも慶應だった。

――あ、そういえば、実は中~高と初めて付き合った人も、大学時代の彼氏も、社会人になってからの恋人たちも、振り返るとこれまで交際した人は全員、大学は慶應だった。ここまでくると、我ながら気持ちが悪い。

念のため言っておく。私が学歴を見て、とか、「慶應っぽい人」を好きになっていたのではない。むしろ私が自ら好きになったのは、別の場所で過ごした人だった。が、そういう人は、私を好きにならない。追いかけてもフラれて、最終的に言い寄ってくるのは慶應に縁がある人々。恋愛も、まるで受験と同じだった。


こうして振り返ると芦田愛菜ちゃんが言うことはきっと本当で、つまり私の行く場所は決まっていたとしか思えない。知らぬ間に太くなっていく、目的地との縁。そこへと導く、誰かのひとこと。

一見無関係に思える場所でも、自分が目指したのとは違うところでも、決まっていた場所に行けば何とかなるし、そこで幸せになれる。

私にとっての受験は、大失敗で、結果的に成功でもあった。
今、試験の直前でドキドキソワソワしている若者さんが、もしこの記事に辿り着いてくれることがあるなら。あなたが見据える未来が、唯一ではないよ、と伝えたい。

失敗談も、今となっては鉄板のネタだ。
でも、問題用紙の枚数は確認してね!




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矢島 美穂|本の言うことを聞くライター
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