メルミの事件簿#3 深夜2時の客
まえがき
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
メルミの事件簿にようこそ。
この物語は、マレーシアのコールセンターでカスタマーサポートとして働くわたしが実際に遭遇し、奮闘した物語である。
カスタマーサポート職はどんな仕事なのか。それを知ってもらうことを目的に書いている。
もし下手に内情を知って怖気づいてしまうかもしれない人は、実態を知らずに思いきって飛びこんだほうがいい。
かくいうわたしは、どんな仕事かわからずに不安を抱えたまま飛びこんだ。日本で諸々を清算してマレーシアに来てしまったので、やるしかなかった。それでもまあ、なんとかなったので大丈夫だ。
それでは、そろそろ本日の業務をスタートしよう。どんなお客様から電話がかかってくるか。業務開始前はいつもドキドキだ。
「お電話ありがとうございます。メルミでございます。本日はいかがされましたでしょうか?」
「ホテルにアタシの予約がないんだけど!」
のっけからテンション高めのお客様。
(え? え? なにが、どうした!?)
なにか自分の思うとおりにいかずにカスタマーサポートに電話をかけてくるお客様は、高確率でいきなりテンション高め。
この仕事をはじめた頃は、そんなお客様の勢いに押されて焦ってしまうことがよくあった。しかし心配無用だ。人は、慣れる。
大事なことは、いついかなるときでもご本人様確認を怠らないこと。それがコールセンターの仕事の要である。どんなにお客様が困っていても、ご本人様確認ができなければ、救いの手を差し伸べることはできない。
全然関係のない人が悪意をもってコンタクトしてきている可能性だってあるからね。
以前、こんな話を聞いたことがある。
あるとき、女性のお客様からお電話が入った。ホテルのご予約をキャンセルしたいという。エージェントはご本人様確認をしたうえで、お客様のご希望どおりに予約のキャンセルを実行した。
すると数日後、チェックイン当日になって、今度は男性のお客様から電話がかかってきた。聞けば、自分はキャンセルをリクエストしていないのに予約が勝手にキャンセルされていてチェックインできないという。
おかしい。記録ではたしかにお客様からキャンセルリクエストを承ったことになっている。
予約情報を確認すると、予約者も宿泊者も男性の名前になっている。ただ、キャンセルをリクエストしてきたのは別人だった。電話をかけてきた女性はいったいだれなのだ。
真実を明らかにするために、キャンセルリクエストを依頼された女性の名前を男性に伝える。すると、その女性は男性の妻だという。
予約のキャンセルや変更などについて、ご家族や一緒に旅行する友人、彼氏彼女からの問い合わせが入るのはよくあることだ。セキュリティ上、必要な情報を答えることができれば、予約者本人でなくてもキャンセルリクエストは可能である。
上記のケースも、善良なみなさんなら、男性が奥さんにキャンセル依頼したのを忘れてホテルに行っちゃったのかな、なーんてかわいらしい事情を想像したかもしれない。
しかし真相は違った。
男性は大人2名様でホテルの部屋を取っており、その相手が不倫相手だったのだ。男性の妻がどうやってその情報を得たのかは不明だが、いやがらせでキャンセルを依頼してきたというわけだ。
真面目に働いているわたしたちをドロドロした不倫の愛憎劇に巻きこむのはやめてほしい。
なんの話だったか。そうだ、ご本人様確認は大切ですよ、という話だ。不倫夫婦の話はこれでオシマイ。ここからは「ホテルに予約が入っていない」とお怒りのお客様のお話。
それにしても、テンション高めの荒れ狂うお客様をなだめすかしながら必要な情報を聞きだすのは骨が折れる。
「子どもみたいにギャーギャーわめくなら、もう電話を切るよ!」なんて、ついうっかり口に出そうになるのをすんでのところで我慢する。
とりあえず、話を聞いてみよう。
とはいえ、どんなお客様であってもわたしたちカスタマーサポートに助けを求めて電話をかけてきたことにはちがいない。話を聞いて差し上げるのが、わたしたちの仕事だ。
ただ話を聞くだけではなく、共感をもって聞く。それがカスタマーサポートの仕事である。どんなに内心うんざりしていても。
それでは、お客様のお話に共感をもって耳を傾けてみよう。
サポートしてくださったら飛び上がってヨロコビます。そしてしばしサポートしてくれた方に思いを馳せて、じっくりヨロコビを噛みしめます。我にかえったら、このヨロコビを言葉にのせて次の文章に向かいます。一人でも多くの方にヨロコビが伝染することを願って。