メルミの事件簿#5 タダより高くついた15万円のディナー
まえがき
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
メルミの事件簿にようこそ。
ある意味で、コールセンターのカスタマーサポートの仕事は、きわめて高度なコミュニケーション能力が鍛えられる職業だと言ってもいい。
お客様のご要望にお応えすること、それがわたしたちの使命だ。リクエストの内容や求められる役割はお客様によってさまざまで一筋縄ではいかない。単に電話で応対するだけのしょうもない仕事だと思ったら大間違いだ。
予約のキャンセルや日程変更など一般的な手続きは当然のこととして、八つ当たりや井戸端会議のお相手、誹謗中傷の的などを務めさせていただくこともある。
同情の念を禁じえないお客様もいれば、図々しい要求を突きつけてくる厚顔無恥なお客様もいて、事実確認と見極めが必要だ。ただ言われたままに処理すればいいだけの仕事ではない。
言いにくいことも言わなければならないし、言葉の選択や使い方をまちがえようものなら大事故になる。相手や状況に合わせて声のトーンを変えたり、自然に会話しながら共感や理解を言葉で織りこみ示していく。
お互いに顔が見えない電話でのコミュニケーションとなるため、声の調子や間の取り方、相槌の打ち方などを工夫してお客様の懐に入りこみ、うまく話を聞きだしていく。
親しみやすく誠実に応対しているつもりだが、それでも怒りがおさまらないお客様はいる。それはもうどうしようもない。だって返金できないものは、できないからだ。なにもわたしたちがネコババしようってんじゃないんだ。予約に適用されたポリシーが、あるいは宿泊施設がそれを許さないのだ。
お客様の心情的に納得しにくいことをご納得いただければエクセレントなんだけど、なかなかそうもいかない。日々是修行也。
それでは、そろそろ本日の業務をスタートしよう。どんなお客様から電話がかかってくるか。業務開始前はいつもドキドキだ。
「お電話ありがとうございます。メルミでございます。本日はいかがされましたでしょうか?」
「ホテルから15万円も請求が来たんだけど!」
のっけからテンション高めのお客様。だいぶ憤慨されているご様子。
(え? え? なにが、どうした!?)
日本のホテルや旅館ではほとんど聞かないが、実は海外ホテルによる誤請求は少なくない。本来支払うべき金額よりも高い金額がクレジットカードから引き落とされたり、まさかのダブルチャージもある。
なんで二回もチャージするんや。おっちょこちょいもたいがいにしてほしいものだ。
この手の問い合わせが入ると、「またか」と思う。それくらいポピュラーなクレームである。チェックアウトするときには、口頭でいいので、ぜひ料金をホテルに再確認させてからお帰りになったほうがいい。
請求金額を正しく把握し、正しい金額でクレジットカードにチャージする。そんな当然のことがなんでできないんだと思うかもしれない。わたしたちもそう思っている。しかし悲しいかな、まちがいは起こる。
事前払いしてあるにもかかわらず、チェックアウトの際にホテルに再度料金を請求されたというケースもよく聞く。
「もう払ってあるはずなんだけど、おかしいなぁ」と思いながらクレジットカードを渡してしまうお客様。それはおやめください。
とりあえずホテルに二重に支払い、日本に帰国してからカスタマーサポートに怒りをぶつけてくるお客様。それもおやめください。
(おかしいと思ってるのに、なんで払ってきちゃうかなー。)
英語が得意じゃないにしても、アプリの翻訳機能を使うとか、片言でもいいから中学校で習った英単語を並べてみるとか、努力をしてください。
そして声を大にして言いたいのは、なんでカスタマーサポートに電話をしてこないのだ? わたしたちはそういうときのために、ここにいる。
まあ、日本語で文句を言うほうがラクですからね。それはわかりますけど。八つ当たりはほどほどにお願いしますよ。
とりあえず、話を聞いてみよう。
とはいえ、どんなお客様であってもわたしたちカスタマーサポートに助けを求めて電話をかけてきたことにはちがいない。話を聞いて差し上げるのが、わたしたちの仕事だ。
ただ話を聞くだけではなく、共感をもって聞く。それがカスタマーサポートの仕事である。お客様もきっと一緒になって怒ってほしいのだろう。
それでは、お客様のお話に共感をもって耳を傾けてみよう。
サポートしてくださったら飛び上がってヨロコビます。そしてしばしサポートしてくれた方に思いを馳せて、じっくりヨロコビを噛みしめます。我にかえったら、このヨロコビを言葉にのせて次の文章に向かいます。一人でも多くの方にヨロコビが伝染することを願って。