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メルミの事件簿#1 パンと牛乳

まえがき

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

みなさん、メルミの事件簿にようこそ。

わたしは現在、マレーシアのコールセンターで働いている。いわゆる「電話対応」の仕事である。

電話対応の仕事ではよく「笑声」と言われる。対面とちがって電話越しでは相手の表情が見えない。だから声ひとつで相手に心地よい印象を与え、笑顔が見えるような対応を心がけなければならない。

日本でコールセンターの仕事といえば、お世辞にもハイスペックな仕事とは言えないだろう。

しかしわたしは声を大にして言いたい。

コールセンターの仕事、とくに一般消費者を相手にするカスタマーサポートの仕事が、いかに高難易度な仕事なのかを。もはや勇者級である。

そのことは、メルミの事件簿を順に読んでいってもらえれば、おいおい理解していただけるのではないかと思う。

それでは、そろそろ本日の業務をスタートしよう。どんなお客様から電話がかかってくるか。業務開始前はいつもドキドキだ。

「お電話ありがとうございます。メルミでございます。本日はいかがされましたでしょうか?」


「朝食がパンと牛乳だったんだけど!」

のっけからテンション高めのお客様。

(え? え? なんだ、どうした!?)

会話がスタートすると、予約番号や自分の名前、要件と、順序立ててお話しされるお客様がほとんどではあるが、いきなり自分の主義主張やクレームをまくしたててくるお客様もなかにはいる。残念ながら。

予約内容を確認する前にギャーギャーと一方的にまくしたてられても、話の内容はさっぱり頭に入ってこない。わかることは、「なんか怒ってるな」ということだけだ。

しかも、いい大人がこれをやるのだ。いや、もしかするとおっさんおばさん声の20代の若者という可能性もあるが。

いずれにせよ、自分のマイナス感情を周囲にまき散らすのは大人のふるまいとは言えない。大昔に「気分に左右されるのはまるで落ち着きのない子どものようだ」とフランスの哲学者も言っていたそうだ。

電話口でギャンギャンと子どものワガママを言うのはやめていただきたい。こちらのHPがダメージを受けてしまう。


とりあえず、話を聞いてみよう。

とはいえ、どんなお客様であってもわたしたちカスタマーサポートに助けを求めて電話をかけてきたことにはちがいない。話を聞いて差し上げるのが、わたしたちの仕事だ。

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