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メルミの事件簿#4 NRの攻防戦

まえがき

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

メルミの事件簿にようこそ。

ある意味で、コールセンターのカスタマーサポートの仕事は、きわめて高度なコミュニケーション能力が鍛えられる職業だと言ってもいい。

お客様もパートナー様もみんなそれぞれ性格や価値観、主義がちがうため、説得を試みてもわかってもらえない人もいれば、話が通じない人もいる。

その分、泣き笑いがいっぱいの仕事であり、正直なところ、オモシロイ。

主に「泣き」が多く、敬遠されがちな職種かもしれないけど、お客様と一緒になって大いに笑い合ったこともある。

それに、お客様に叱られたって命まで取られる心配はまったくない。だって電話越しのお仕事だもの!

それでは、そろそろ本日の業務をスタートしよう。どんなお客様から電話がかかってくるか。業務開始前はいつもドキドキだ。

「お電話ありがとうございます。メルミでございます。本日はいかがされましたでしょうか?」


「予約をキャンセルしたいんだけど」

のっけからテンション高めのお客様、ではなかった。落ち着いたトーンで、予約番号やセキュリティ確認に必要な情報を順番に教えてくれる。

今回のリクエスト内容は「予約のキャンセル」。お客様もいい人そうだし、キャンセルなら話は簡単そうだな、なんて思ったら大まちがいだ。

もちろん話が簡単なケースもある。無料キャンセルが可能な期間内にお電話してこられた場合だ。

ほんとうは予約ページからお客様が自分でキャンセルできるんだけど、管理画面の操作に慣れていない高齢のお客様や、キャンセルポリシーの確認方法がわからず、カスタマーサポートに電話してくる人がいる。

無料キャンセル可能期間内であれば、当然全額返金される。支払ったお金が返ってきて怒る人はいない。だからたいてい感謝されて、電話は終了する。いつもこうならいいのにと願ってやまない。

さて、問題は、無料キャンセルができないご予約をお持ちのお客様である。

今回のお客様の場合、キャンセルポリシーが「NR(Non-Refundable)」の表示になっている。つまり「返金不可」の予約である。

(ああ、いやな予感がする…)

わたし:「誠に恐れ入りますが、今回のご予約は返金不可の…」

と話しはじめると、鼻息荒くお客様が言葉をかぶせてくる。

お客様:「ホテルにキャンセルの連絡をして返金を求めたら、拒否されたのよ。どうなってるのよ。わたしのお金をいますぐ返しなさいよ!」

はい、はじまりました。

わたし:「お客様、恐れ入りますが、今回のご予約は返金不可の…」

お客様:「なんで宿泊しないのにお金を払わないといけないのよ! そんなのおかしいじゃないのよ!」

おかしくは、ない。

むしろ「返金不可」のキャンセルポリシーに同意して予約したのは、あなたじゃありませんか〜。

「子どもみたいなわがままを言うなら、もう電話を切るよ!」なんて、ついうっかり口に出そうになるのをすんでのところで我慢する。


とりあえず、話を聞いてみよう。

とはいえ、どんなお客様であってもわたしたちカスタマーサポートに助けを求めて電話をかけてきたことにはちがいない。話を聞いて差し上げるのが、わたしたちの仕事だ。

ただ話を聞くだけではなく、共感をもって聞く。それがカスタマーサポートの仕事である。共感は大事。

それでは、お客様のお話に共感をもって耳を傾けてみよう。

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