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読書記録㉑『花のベッドでひるねして』よしもとばなな著

ばななさんの本を手に取るのは、ちょっと癒されたい気分の時。もちろん普通に楽しむ目的で読むこともあるけれど。
専門的なことが書かれていたり、難しい言い回しがされていたり、物語の背景が複雑だったり。そんな本とは真逆の位置にあるのが、ばななさんの本。すごく優しい。「ゆっくりくつろいでいってね」とにこにこした顔で言われているような感じがする。たぶん、若かりし頃の自分もそんなふうに勝手に解釈し、ばななさんの本を開いたのだと思う。たくさん彼女の本を読んだにも関わらず、頭空っぽ状態でのぞんだ読書の成果物は「なんか癒されて、すごく心地よかった」くらいなものだった。


今回読んだ『花のベッドでひるねして』は再読。全くといっていいほど内容を覚えていなかった。ただ「あんまり事件らしい事件もなく、平和な物語だった」という印象だけが残っていた。その印象はくつがえるのか。検証も兼ねて、新刊を読めるようなワクッとした気持ちと共にページをめくった。では、あらすじから書いていく。


大丘村は海近くにある、小高い土地。裏には大きな古墳がある。周辺にはもともと墓地があったらしく、人口は少ない。生活に多少不便はあるが、自然が豊かで美しい村だ。
その村に住む大平家の娘、みきは実は家族と血のつながりがない。赤ん坊の頃、海辺でわかめにくるまっているところを、今の母、淑子に拾われたのだ。
大平家の面々は、祖父、父、母、章夫おじさん。しかし、祖父と章夫おじさんはすでに亡くなっている。祖父は“引き寄せの達人”として、村でちょっとした有名人だった。家族は自宅の階下で“B &B”(宿泊施設)を営んでおり、父は石の彫刻家でもある。
家の裏は廃墟のようなビル。陰気なおばあさんが前年に亡くなってからは、暗い雰囲気をかもし出していた。ある時交通事故を起こした母が、足を骨折して入院することに。そこにお見舞いに来てくれたのが、子供時代から知っている野村くん。野村くんはサンフランシスコから帰国したばかり。裏の土地を購入していた。土地を整えて、村に移住するつもりだという。
野村くんとの再会をきっかけに、幹の周りで不思議なできごとが起こり始める。土地や出自、過去のことなど。時空を超えて多くの気づきを与えてくれる、異色の物語。


有名なイラストレーターさんの描く絵は、一目見てその人の絵だとわかる。線や色づかいやフォルムなどを、一瞬で視覚的に捉えることができるから。ばななさんの書く文章は、そういう意味でまるで絵みたいだ。声が聞こえてきそうなほど馴染んだ言葉の選び方は、私を安心させる。
あとがきに書いてあったが、ばななさんはこの小説に書いた内容を覚えていないらしい。「もはやチャネリングみたいなもので、自分の意思はなにも使っていない」のだという。すごい。そして、すとんと納得できてしまう。きっと物語は勝手に完成した映画のように展開していって、それを記録するのに忙しいくらいなのだろう。羨ましいけれど、身体的にそれはそれで大変そうだ。


物語の最初の方に、魔法使いのように不思議な祖父の言葉がたくさん書かれている。しょっぱなから、ああ、ここに生きる上で大事なエッセンスがぎゅっと詰まってる。そう感じた。非現実的な理想論ではない。ばななさんの場合、ふわふわしすぎるところがない。生活を軸にした地に足のついた考え方が根底にある。夢の中みたいにふわっと優しくて、おとぎ話みたいなところがあるから勘違いしがちだが、本質はものすごく現実的なことを教えてくれていると思う。
まさに、と思える祖父の言葉を引用しておく。


「毎日のほとんどのことは、まるで意地の悪いひっかけ問題みたいに違うことへと誘っている。でも、違うことをしなければ、ただ単に違わないことが返ってくるだけなんだ。そうしていれば、私のできることはだれにでもできる。」

『花のベッドでひるねして』よしもとばなな著


主人公の幹は、生みの親に捨てられるという最悪な状況から人生をスタートさせている。けれど、がんを患ったせいで子供を授かることができず、心から赤ん坊を欲していた母に拾われた。そしてそこの家族は競い合うように幹を可愛がり、愛情深く育ててくれた。おかげで幹は、ささいなことに幸せを感じる、家族想いの優しい女性に成長した。
そんな幹の価値観もとても素敵なので、彼女の言葉も引用したい。


一見あたりまえのこと‥‥家族が仲良く暮らす、なるべく気持ちをためないようにちゃんと言う、あいさつをしっかり交わす、家の掃除をする、そんなことの積み重ねが結局は大きな力になっていく。
こんなにも平凡な暮らしに見えて、これ以上の魔法を持つ人々を私は知らなかった。

『花のベッドでひるねして』よしもとばなな著


海外から大丘村に帰国した野村くんは、妻と死別して少し心が弱っていた。心身の回復を図るためにも、原点に戻るつもりで村に来たふしがある。いわくつきの土地を買い、さらにそこに住もうという行動からもわかる通り、少し変わっている。飄々ひょうひょうとしていて、率直でもある。しかし幹の祖父を師匠のように慕い、大平家の人々に昔から愛されてきた。
そんな野村くんの亡くなった妻が、幹の夢の中に現れる。そして野村くんと過ごした日々がどんなに幸せだったか、どんなに彼に感謝しているか、溢れる想いを幹に伝えてくる。そこに怨念や嫉妬はない。彼女はただ、幹に野村くんを守ってほしいと懇願する。


ばななさんの本には、よく寝ている時に見る夢が、重要なシーンとして何度も登場する。心地よい夢も、怖い夢もある。夢を“通信”と表現していることもあるくらいだ。ないがしろにできない、大事な情報という扱いなのだと思う。
物語の終盤では、野村くんの妻が、夢の中で幹の生みの親の正体を見せてくれる。そのワンシーンは、人間の美点と欠けたところの両方を露わにしてしまう。まっさらな善も、隅々まで黒い悪もきっとない。見る角度を変えただけで、解釈はガラリと変わる。やはり何をするにも、いつでも自分の心に従うしかない。“世の中で正しいとされること”や“自分を犠牲にして人を助けること”などを基準にしていたら、どんどんずれていく。


再読してよかった。飽きっぽい私は、ほとんど再読をしない(ほぼ内容を覚えていないくせに)。丸ごと全部とはいかないまでも、ばななさんの本は確実に私の心の一部を形成していると思う。また気の向いた時に、彼女の本を再読しようと思う。
『花のベッドでひるねして』。タイトルの通り穏やかだけど、心に響く言葉がたくさんあり、人生に活かせる気づきもたっぷり含まれた本だ。気になった方はぜひ、読んでみてほしい。



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