人生は平坦な道のりばかりではない。
大きな壁が突如目の前に立ちはだかり、行く手を阻まれ呆然と立ちすくんでしまいたくなることは、皆それぞれ大なり小なりあるのではないだろうか。
随分大人になった今の私には、それがわかる。
私が師匠と勝手に呼ばせて頂いている方は「面白い文章を書いている子がいるから……」と、おせっかいな友人が勝手にお膳立てをしてくれたことで知り合った。
当時、コピーライターであった彼は近々結婚するのだとその友人から聞かされ、ついこないだ成人式を終えたばかりの小娘の為に、わざわざ呼び出したりなんかして……と気後れしていたが、彼は終始笑顔で文章を書いていく為の心得などを話してくれた。文章を書く事を仕事にされている方と会ったのは初めてのことで、緊張して正直何をどう聞いていいのかわからないままお開きとなってしまった。
「もう会うこともないだろうなぁ。」と思っていたが、後日彼から手紙が届いた。そこには文章を書くテクニックやコツ、励ましの言葉が書き添えられていた。
彼が結婚後に旅行代理店へ転職したことを、その後の年賀状で知った。「旅行代理店でコピーライターとして活躍されているんだろうなぁ。」と、料理上手な奥様と海外旅行で食べ歩きをしている年賀状の写真を見ては、あれから文章に向き合うことをやめ、忙しさを言い訳に踏み出すことも出来ずに日々やり過ごしていた私は、羨むように眺めているだけだった。
毎年送ってくれる年賀状に載っている旅行先の写真は違えど、ただ一つ変わらないことがあった。「文章書いていますか?」彼からの年賀状は、いつもこのように締めくくられていた。
次第にその言葉が現状を打破したい私の中で大きく膨らみ、手探りでも何かを書いて生き直してみたいと思うようになり、新聞や雑誌にエッセイを投稿しては、しばしば掲載されるようになった。やがて時代の流れと共にSNSでも繋がった師匠と私は、長い時を経て彼の友人と三人で会う約束をすることになった。
待ち合わせの店に入ってきた彼を見つけ、久しぶりの嬉しさから笑顔で名前を呼んだ瞬間、私の表情は固まってしまった。彼の足元はおぼつかなく、何処か手探りをするように店に入ってきたのだ。
「もしかして……目が見えなくなっている?」心がざわつきながらも受け入れ難い気持ちから詳しく聞く事を躊躇ってしまった。彼もまた目がだんだん見えなくなってきているとだけ話し、話題は私の近況報告や、その時に頂いた料理や酒が美味しいだのといった当たり障りのない会話をして、タクシーに乗って帰る彼を見送った。
その後の私は、図録文章やアートエッセイの依頼、トークショーでの朗読や詩の朗読ゲストなど、ピタゴラスイッチのような縁が縁を繋ぎ、やがて自作の詩の朗読イベント「実冬の味読」を開催するようになった頃、彼は白杖をつきながら二度駆けつけてくれた。その二度目の時にコラボした写真作家の鳥尾佳佑氏は、目が見えない人に写真を伝えるためにはどうしたら良いかを考えていた。そのタイミングで私の詩をイメージした写真と詩を点字作品にしてくれたことを彼に伝えると、介助者の方と共に足を運んでくれた。
点字を覚え始めたばかりだと話してくれた彼は、指で凹凸に触れ探りながら私の紡いだ言葉を読んでくれた時間は、笑顔で溢れた柔らかくて温かな記憶として今も私の心に残っている。
その後、彼に近況報告のメッセージをした折、最近本を上梓したのだと彼から返信があった。是非読んでみたいと伝えてから数日後「あまねく届け!光」という本が届いた。視覚障害者就労相談人材バンク有志の一人として彼も寄稿したというのだ。
真っ先に彼の書いたページを開けて読み進めていくうちに、結婚して5日後に網膜色素変性症という病にかかっていたこと、それを機にコピーライターの道から旅行会社へ転職、会社勤めをしながら行政書士の資格取得、現在は社内の法務相談として活躍していることを知った。
刻一刻と見えなくなっていく目で「文章書いていますか?」と書き添えてくれていた言葉の重みがひしひしと伝わり、表面だけを見て羨ましく思っていた自分が恥ずかしく、込み上げてくるものを堪える事ができなかった。
寄稿されている人達は、視覚障害者として就職活動をした人、中途視覚障害からやむを得ず転職した人、在職している企業の理解を得て仕事を継続させている人と、「自らの経験が誰かの役に立つのなら」と自問自答しながらも前向きに仕事に取り組んでいる姿が綴られている。
ハンデを負いながらも就労を通して社会に関わっている一人として誇りを持ち、周りの協力を得ながらも学び挑戦していく姿勢は、それぞれの体験は違えど共通したメッセージが込められていた。
読み進めていくにつれ、目が見えない人は特定の仕事にしか就けなくなるという私の先入観は大きく変わっていった。
寄稿者の職種は、事務職、デザイナー、教職、医師、司法書士などなど、実に様々である。だがやはりそこには本人の努力はもちろんのこと、周りの理解や協力無くしては継続させることはできない。
「もし、身近な人が視覚障害になってしまった時にどう接したらいいのだろうか……」就労に悩む当事者や、家族、企業担当者へそういった疑問や悩みは、暗がりの道を先に切り拓いてきた人達の経験が綴られた本書に、そのヒントが導き出される事を願っている。
晴眼者である私たち一人一人が、視覚障害をもつ人達の気持ちに寄り添う想像力を働かせることで、多種多様な人達を受け入れる和が広がっていくのではないだろうか……そう信じている。
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dam7630@yahoo.co.jp
定価 2,500円(税込2,750円)
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