しみずみえ/親子あそびの専門家
遊びは日常です。時には、張り切って準備したり、貴重な道具や材料を使う「特別な遊び」もあるけれど、基本的には、毎日毎日続く日常です。だから、身の回りのものを使って、あまり頑張らなくてもできる【特別じゃないあそび】のアイディアをご紹介していきます。日々の遊びのネタが少しでも増えれば嬉しいです。
絵本の魅力に、もっともっと出会いたい! 絵本を選ぶことを楽しんだり、読んだ絵本を生活につなげたり、絵本からおしゃべりが広がったり・・・。絵本を使って、「読む」以外にも、こんなに楽しめるよ、というアイディアを紹介していきます。 絵本はもっと遊びになる!
お休みの日には、がっつり楽しむ遊び。雨の日は、ウチの中でも発散できる遊び。そして、毎日の「特別じゃない遊び」・・・と、家で遊べるアイディアを、目一杯ご紹介!
様々な遊びを、どんな風に始めたらいいのか、具体的な方法や、道具の選び方、遊びの広げ方をお伝えするシリーズです。 初めてはさみを練習する時、初めてクレヨンを使う時・・・など、道具や素材との初めての出会いが、親子ともに楽しいものであったらいいなぁと願って、記事を書いています。
子どもたちと共に訪れたMuseumをご紹介しています。子どもの育ちと遊びの専門家として、子どもたちが世界への興味を広げるためにどんな環境が作れるだろうか、という目線で、Museumの魅力や展示の特徴、子どもたちの反応などをお伝えします。
大人になって夢を語るのは気恥ずかしいけれど、大人こそ夢を言葉にしようよ、という記事を書きました。 私自身が、自分の夢を言葉にすることへの気恥ずかしさを吹っ切るために書いた記事です。自分が実現したいことを、ちゃんと言葉にしなくちゃね、と、自分を奮い立たせながら、書いています。 こどもミュージアムを創りたいこどもミュージアムを創りたい、と思っています。 「チルドレンズミュージアム」でもいいし、「子どもの城」でもいいのですが、とにかく、子どもたちが目一杯遊ぶための場を創りたい
新しい商材を扱っていると、少しの説明で大いに共感してくれる人と、いくら言葉を尽くしても理解してくれない人がいる。それって、たぶん、価値観の違い。いくら理屈で説明しても、こればっかりは相容れないんだよなあ。
絵が描けない。 「玩具メーカーの新人時代に、ドラえもんが描けなくて、先輩に笑われた」と言う話が分かりやすいので、しばしばネタにしているけれど、まぁ、絵が描けない。 ドラえもんは、まぁ、仕方ない。絵描き歌の通りに描いたら、商品企画書の絵としては、のっぺりしすぎていたのだ。 ただ、ドラえもんに限らず、「どうしたら、自分の想い描いたものが描けるのか」というのは、一度も教わったことがないなぁ、と思う。遠近法、などという言葉を聞いたことはあっても、どうしたら立体的に見えるのか、影をつ
成長の過程で「誰しもが、この人の言葉には出会ってきたに違いない」と確かに言える人は、誰だろうか。 例えば、日本語を母語として、日本で教育を受けた人たちならば、きっとこの人の言葉には出会ってきたに違いない、と確証を持って言える作家や文筆家や作詞家は、そんなには多くはないんじゃないか。 教科書に載っている人は、可能性が高いよね。 例えば、小学校1年生の教科書に載っている『くじらぐも』。この物語は、1971年に教科書に掲載するために書かれ、今でも教科書に載っている。 このお話を
今日はnoteの記事を書くよりも、目の前にいる人と話をすることの方が大切な日だったので、このまま、寝ます。
「アートの時間」と呼んで頂いているクラスを担当していて、素材だけを用意し、子どもたちは自由に活動を楽しんでいます、という話を昨日のnoteで書きました。 どういう活動が〈自由〉なのか、と追求すると、それはそれで、一晩語り明かせるくらいに深い話だと思いますが、今日のところは、子どもたち自身や園の先生たちが何気なく使っている「自分の好きなことを、好きなようにやっていいよ」というくらいの意味でとらえて頂ければと思います。 子ども主体の保育の大切さが言われるようになり、子どもたち
「アートの時間は、なんか自由だから楽しいんだよね、って、3歳クラスの男の子が、この前言ってたんですよ」と、園の先生が嬉しそうに話してくれた。 今年から新しくアートクラスがスタートした保育園で、活動の片付けをしている時だった。 それは、嬉しいな。色々嬉しい。 1つ目の嬉しいは、3歳の男の子が「アートのクラスは楽しい」と感じてくれたこと。私自身は、子どもたち1人1人が自分のこだわりたいことに、しっかり関われるような時間にしたい、と思っているけれど、「アートは自由な時間ですよ」
息子が2年生の時、「学童の折り紙は、1人2枚までなんだよ」と話してくれて、思わず「あらぁ。少ないねぇ。」と言ってしまったことがある。 いや、分かる。分かるよ。予算だって限られてる。そして、そういう消耗品な教材、ってかなりのコストになる。掛け算で増えるからね。折り紙とか、ペンとか、テープとか。 そうなると、「折り紙は無駄遣いしないようにしましょう」「1人2枚までです。大事に使いましょうね。」「テープは必要な分だけ使いますよ。」「必要な時は、事務室に取りに来て、使い終わったら
誰かのフォローが必要なとき、それを快く引き受けられるくらいの心の余裕を持ちたい。「あの人のせいで、余計なシゴトが増えちゃったじゃん!ぷん!」って思わないような心持ちにならないためには、余力と余裕が必要だなぁ、と思う。がんばろ。
「つくって、あそぶ、という活動は、とてもいいと思っているんだ」 サークルの同級生は、そう言った。 つくるのが好きとか、あそぶのが好きとか、競うのが好きとか、子どもによって1人1人違う「好き」を大事にできるからね、と言葉を続けた。 トントン相撲大会は、とても盛り上がったらしい。紙で作るお相撲さんにこだわる人もいれば、どうやったら強くなるのかを研究する人もいる。ただただ箱をドンドン叩くのが楽しい人もいる。遊びの中に、色々な「好き」が詰まっている。 「子どもたちにとって道具は
悩んでいるとき、困っているとき、不満があるときは、わざわざ言語化するけれど、「今、とってもイイ気持ち」と言う時は、勝手に満足して、わざわざ投稿しない。 だから、オンラインの私は、いつも悩んで困って不満がある人みたいになっているんじゃないか?どうなんだ?
あらそいごとが、苦手だ。 子どもの頃は、そんなに苦手ではなかったと思う。お友達とケンカもしたし、男子対女子みたいな構図で、みんなでケンカした時も、真っこうから立ち向かっていたんじゃないかなぁ。 大人になるにつれて、あらそいごとを好まなくなった。当たり障りなく、過ごしている。嫌われるのがコワいんだと思う。 誰からも好かれるのなんて、誰にも自分を見せていないことと同義だと思うんだけれども、自分の振る舞いは、時に、誰からも好かれようとしているみたい。心のどこかで、誰にも嫌われま
モノづくりが大好きで、企画したり作ったりすることが楽しくて仕方がなくて、良い商品を世の中に送り出し、会社に貢献して出世したら、モノづくりから遠ざかってしまって悲しんでいる先輩たちを何人も見てきた。 子どもたちと一緒に活動することが大好きで、子どもたちに楽しんでもらえるようにあれこれ工夫して、子どもたちからの人気も高まって、会社から評価されてリーダーになったら、現場に出る時間よりもチームメンバーのシフトを作っている時間の方が長くなってしまったと、がっかりしているスタッフも何人
久しぶりにバレエの公演を観に行った。 「久しぶりに」なんて、カッコつけて書いてみたものの、今までだって、そんなに頻繁に行っていた訳でもない。娘が小さい頃バレエ教室に行っていたおかげで、「せっかく習っているのだから、どんなものだか観てみよう」と思って、母娘で何回か行ってみた程度。知っているのも本当にメジャーな作品だけ。今回も、初めてタイトルを聞く演目だった。 バタバタしていて、事前に物語の舞台やあらすじを何も調べないうちに、当日を迎えた。一緒に行った娘に「あらすじ調べた?」と
おかしいなぁ。明日はもう土曜日だ。
携帯を忘れた日に限って、電車が遅れる。遅れた電車が、更に緊急停止に巻き込まれる。こういう日は、ジタバタしない方がいい。しずかに静かに。