見出し画像

第6話:「命に寄り添う」ということ

カエル「Nみさんの意思を、当時の主治医のM先生に伝えるときは、なんとも言えない気持ちになったね。」

ミーちゃん「そうね。M先生は私たちのことを本当に理解してくれていたから、同じように感じてくれていたと思いわ。」

 Nみさんの決断は「胃ろう造設」でした。造設が決まってからも、Nみさんの状態は、日に日に悪くなっていきます。

 確かに胃ろうを造設することで、基本的な栄養の摂取は確保できると思います。カエルもミーちゃんも、今のNみさんの状態にとって、胃ろうの造設がNみさんを苦しみから救うことができるかどうかに葛藤があります。

カエル「確かにNみさんの認知症状からの食事拒否は改善できると思うんだ。でもね、一方で体が食べないことを選んでいるのは、生物としても最期を感じているからかもしれないとも思うんだ。」

ミーちゃん「そうね。本当にあの時は二人でたくさん話したわね。」

カエル「うん。もし生物としての最期の準備をしているなら・・・って思うと、胃ろうから栄養を入れることが正しいのかどうか・・・。体が拒否しているのに、栄養は入ってくるという・・・。」

 そう言うと、カエルは少し目を細めて思い出すような仕草をした。

ミーちゃん「そうね。でも私たちの中で、Nみさんの気持ちに寄り添おうってなったのよね。」

カエル「そうだよね。胃ろうについての会話を散々したけど、結局はNみさんの人生なんだから、彼女の思いが一番大事だってことに辿り着いたよね。それにはミーちゃんの一言が大きかったなぁ。」

ミーちゃん「Nみさんの生きる道をね、私たちが決めるなんて、なんて傲慢なんだろうって思ったの。」

カエル「そうだよね。ミーちゃんの一言で、僕は頭をハンマーで殴られたような気がしたよ。いつの間にか、話の中心にNみさんがいないことに気がついたんだ。」

 これは、よくある話かもしれない。よく議論の的が「胃ろうをすることが本人にとってどうなのか?」というところにいってしまう。

 だけどこれは「倫理」や「職業意識」としてどうかというところで話されることも多く、「本人がどう思っているか」ということが無視されやすい。

 典型的な例として、胃ろうをしないことを勧める時に「自然な形で」と付け加えることが多い。まるで、胃ろうをすることが自然に逆らって良くないことのような印象を与えてしまう。

 専門職にとって必要なのは、ご本人が選ぶ方向を誘導するのではなく、客観的に「メリット」「デメリット」を説明し、決めてもらうことにあると思う。

 また「年齢」を理由に「対象外」という説明をする方もいるが、これも不思議な話だと思う。きちんと「年齢」による「メリット」「デメリット」を説明するべきだと思う。

カエル「僕も、自分の考えに縛られて、Nみさんの気持ちに向き合えていなかったんだよね。」

ミーちゃん「でも、そのことに気がついてから、カエルくんはとことんNみさんに向き合っていたわよね。倒れるんじゃないかと心配したくらい。」

カエル「ミーちゃんの気遣いの方がすごかったよ。心置きなく僕がNみさんに向き合えるように支えてくれてたよね。改めてありがとうって思うよ。」

ミーちゃん「どういたしまして。チームのみんなもすごかったよね。Nみさんを、みんなで支えていたと思うわ。」

カエル「そうだね。ある男の子は、Nみさんの好きな歌を、毎日歌いに部屋を訪れていたよね。」

ミーちゃん「そうそう、Nみさん”毎日うるさいねん”って言いながら笑ってるの。嬉しかったんじゃないかなぁ。」

 そんな日々を過ごしながら、M先生の診療情報提供書も完成し、いよいよS病院に受診することになる。

 いきなり入院するのではなく、まずは外来にて受診とのこと。もちろん付き添いはカエルくんだった。

カエル「最初の外来は、Nみさん余裕だったよね。昔住んでたあたりを車で通るんだけど、ドライブ気分だったね。」

ミーちゃん「そうよね。しかもS病院は移転してすごく綺麗になっていたから、Nみさんもびっくりしてたって言ってたわね。」

カエル「そうそう、到着したら、ここはS病院じゃないってびっくりしてて。看板を見せたらやっと納得してくれて。」

ミーちゃん「外来から帰ってきたら、少し興奮気味に話してくれたわ。あんなにボロかったS病院があんなに綺麗になってるなんてって。」

カエル「主治医になる先生も、すごく優しい先生でね。しっかりとNみさんの話を聞いてくれて。Nみさんも安心したみたいだったよ。」

 そして、医師との話を進め、入院予定日が決定した。Nみさんは「その日、あんたがきてくれるんやろ?」とカエルくんに言います。

カエル「Nみさん、なんだかんだとやっぱり不安だったんだろうね。もちろんって答えると、少し安心したような顔をしていたよ。」

ミーちゃん「もちろん、不安もあったでしょうね。実際入院してからも、カエルくん、何回も病院に言ってるもんねぇ。」

カエル「確かにね。手術をするまで、ほぼ毎日行ってたんじゃないかな。S病院の先生からも”来てあげてください”って何度も電話があったし。」

 カエルとミーちゃんは、目を見合わせて、懐かしそうに微笑んだ。

 二人もチームのスタッフも、Nみさんの「胃ろう」について考えることで、命に寄り添うということは何かということを経験させてもらえたようです。

 それが「正解」なのか「不正解」なのかはわかりません。ですが、真剣に命について考え向き合った経験は、かけがえのないものだったと思います。

ーーー次回予告ーーー

Nみさんの入院は、なかなかの珍道中でした。胃ろうの手術を受けるまでの、Nみさんの葛藤を描きます。

 

いいなと思ったら応援しよう!