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雨の日の肉骨茶

台所の調味料入れから使いかけの八角を見つけた。これは肉骨茶を作るしかない、と強く思った。外は雨。ここ数日と打って変わってひんやりとした空気の1日だ。作って食べるのには最適の日とも言えるだろう。

冷蔵庫から骨付き豚肉を出し、水と肉を鍋に入れて火にかけ、その間に長ネギなど香味野菜の準備をすることにする。


マレーシアやシンガポールで食べられている肉骨茶(バクテー)との出会いは昨年の夏だった。シンガポールに詳しい友人が専門店に連れていってくれたことがきっかけだった。

薄茶色のスープに、骨付き肉がどんと鎮座。スープから漂う、スパイスのクセのある香りが鼻につく。脂っぽくて一筋縄ではいかなそう…という第一印象を、その肉骨茶は見事に裏切った。

思うより肉はさっぱりとしていてほろっと崩れ、スパイスの複雑な香りに誘われてするすると入っていってしまう。初めて食べる味なのに、なんだか昔から知っているような安心する味がする。一緒に頼んだご飯をスープにひたして食べても美味しい。

サイドメニューにはご飯の他に細い素麺のような麺もあり、これもまた美味しそうだった。胃袋がいくつもあればおかわりできたのに…と心底悔しく思ったことを覚えている。

初めて食べた肉骨茶に骨抜きにされ、帰宅してから近隣の店を検索したがない。それからしばらくして肉骨茶が食べたくなりレシピをネットで探すと、至極簡単なものがあった。これならスパイスの八角を買い足すだけで作れそうだと思い、それから一度作った。その八角の残りが、今回見つけたものだった。


肉から出たアクをすくい香味野菜とスパイスを入れて蓋をする。弱火にしてじっくりと煮る。しばらくすると、滋養のありそうな香りがふわりとキッチンを満たした。鍋の様子を気にしながら、ダイニングで仕事をすることにする。

それにしても、「肉骨茶」という字面のインパクトたるや。
骨付き肉を煮込んで作るスープだから全然間違っちゃいないのだが、「バクテー」というのと「肉骨茶」というのでは印象が全然違う。「肉骨茶」という字面は、今でもぎょっとするしなんかホラー映画のタイトルにもありそうだとか思ってしまう。それでも「肉骨茶」という表記は端的でとてもいい。


気づくと1時間ばかり煮込んでいた。鍋の蓋を開けると、八角の香りたつ湯気が顔を撫でた。肉もいい具合にほろほろとなりそうな感じに煮込まれている。あああああ。至福。顔がとろける。

それからしばらく寝かせ、余分な脂をとり最後の味の調整を行う。実家から届いた素麺があったので茹で、念願の肉骨茶&麺を夕飯とすることにした。

じっくりと時間をかけ、豚から野菜からスパイスから溶け出した旨味は身体にじんわりと広がった。1日かけて溜まった疲労を温め溶かしていくようだった。


食べ終わり、まだその存在を知って1年も経っていないのにすっかり私の生活に馴染んだなと思う。なんとも不思議な食べ物だ。

八角はあと少しだけ残っている。またじっくりと作るしかあるまい。