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「美しい」には理由があってだな。

さらっと艶やかな黒い髪。
華奢な首すじに映える短いえりあしと、わずかに目にかかる長い前髪。ボーイッシュなのに、大人の女性を感じさせるコントラスト。

さっと歩く彼女にだけ、そよ風が吹いているかのようなリズム。

「美しい」

と思った。


たまに、たわいもない会話をする、職場の人。

所属している部署が違えば、一緒に仕事をしたこともない。それなのに、小さな会話を重ね、互いに「ちょっと楽しい会話ができる人」となった。

そう言ってもらえるのは、ちょっと嬉しい。
惹かれた人にならなおさら。



いつもと変わらない、美しい彼女に、

「その髪は、もともとなの?とても綺麗だから」

と尋ねた。

あまりに美しく、完璧な調和が取れているその髪は、きっと生まれながらのものなのだろう、と。

そうに違いない、と思った。


だが、彼女から返ってきた言葉は…

「お風呂上がりに、オイルをつけて、タオルで巻いて10分放置。それから、ドライヤーで乾かす。そのときに髪が熱くなり過ぎないよう、熱風と冷風を繰り返しながら。かゆみの原因になるから頭皮は絶対に乾かし過ぎないように。最後は冷風でしめる」

ポカン、としてしまった。

むちゃくちゃ、努力してる!!!!

と感嘆して、言葉にならなかった。


さらっと言い退けてしまうほど、もう習慣化されていること。彼女にとっては、朝飯前ならぬ、ちょっとした就寝前のことなのだ。

その証拠に、

「顔パックは、夜と朝と毎日してるよ」

と付け加えた。

これまた、ポカン、である。



美容。一体なんのために?とも思う。

いろんな人とデートをして、もっと綺麗になりたいわ!という年頃はとっくに過ぎ去っていったし、ウエディングフォトを撮る瞬間は一番綺麗な私でいたい!と思ったことなど未だかつてない。

じゃあ、だれのために?

もちろん、夫のため。はひとつの理由になるのだろう。だが、それだけでは、どうも馬力が出ない。

あの子よりもその子よりも、綺麗でいたい。では、他人軸で踊らされてるような気もする…


「ふーん」

自分から訊いておいて、ようやく出てきた言葉がそれだった。予想外の返答に気が動転していたのかもしれない。

おそらく、彼女の髪が地毛に違いないとどうにかして思い込みたかったのだろう。日々の継続で出来上がったものだと知ってしまったら、綺麗でない髪は行き場がなくなってしまうもの。

「よかったらやってみて」

漆黒の賜物をさらりとさせながら、彼女は言う。
それは余裕のある言葉だなと思った。控えめで、押し付けがましくないのに、強い説得力がある。


こちらが思わず、

「やってみる!」と言葉を発してしまうほどの。


同時に、自分を愛でてあげたいな、とも思った。
乾燥した季節に逆らって、もっと身体に水分を補給してあげる。立ち止まって、自分と向き合って、必要な分だけ。まいにち少しずつでも。

なにかのためでも、だれかのためでもない。

他でもない、”私”のために。



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