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1日1粒

創作小説の連載中ですが、ここで、バレンタインにちなんだ思い出話をひとつ。

数年前、県外に住んでいた、片思いの彼に、チョコを贈ったことがある。
食べ物の流行に疎い私は、雑誌「Hanako」に掲載されていた、聞いたこともないブランドのチョコレートを選んだ。
絵の具を刷毛で塗ったような模様の箱が、おしゃれで可愛いという、安易な理由で購入したチョコは、複雑な香りと風味で、特別感があり、贈り物にぴったりだった。
試食したの?と思った、そこのあなた。
はい、そうです。彼にプレゼントする前に、一度、自分用に買ったのだ。
雑誌に取り上げられているくらいだから、まずいってことはないのだが。とりあえず、味見をしておきたかったのだ。
彼に「バレンタインのチョコを贈りたいから、住所教えて」とLINEし、送り先を聞き出した。その後、電話に移行すると「渡しすぎないでね」と念を押された。
渡しすぎないでね。
張り切りすぎないでいいからね、少しでいいからね、という意味合いだと捉えた。
靴下なんかも添えたいところだったが、チョコレート1箱で留まることにし、通販で注文し、彼宛に郵送した。

「チョコ美味しかったよ、ありがとう」
彼から、電話で、お礼を告げられた。
チョコが手元に届いて、次の日の電話だった。
無事届いたんだ、美味しく食べてくれたんだ。
そのことがわかっただけで、私は十分だった。
しかし、その後の会話で、衝撃的な事実が判明することになる。
彼は、すでに、チョコレートを食べ終えていたのだ。
「え、もう食べちゃったの」と思わずオーバーなリアクションをしてしまったが、彼は「そうだけど」と何も気に留めた様子はなかった。
あのチョコレートは、6粒入っている。
その気になれば、一気に平らげることができる量だ。
ただ、これは、アルフォートでも、ダースでもない。
美しい箱に包装された、美しい結晶の集まりだ。
それを、1日2日で、食べ終わっただと?
私は、1日1粒、食べることを想定して、贈ったのだ。
仕事で疲れた身体をソファに預け、コーヒーと共に、1日を振り返りながら、あわよくば、私のことも思い出しながら、ゆっくり、味わって欲しかった。
怒りはしなかった。ただ、勝手に彼に対して抱いていた、おしゃれなイメージが崩れて、電話越しで笑いを堪えることができなかった。
ただの、平凡な、男の子なんだな。
格好つけなければよかった。
チョコレートもいいけど、盛岡行の新幹線のチケットでも、郵送すれば、よかった。
バレンタインにチョコをあげるってことは、わかるよね?という圧をかけるよりも、バレバレでもいいから、一言、好きと言えたらよかった。
言えないから、終わったのではなく、言わない恋という、カテゴリーだったのだと、言い聞かせた。

今年に入り、甥っ子を子守していた時のこと。
チョコに目がない彼は、ひたすらに甘いアンパンマンのチョコを食べていたのだが、目を離した隙に、半分以上減っていた。
「もうおしまいね」と言い慌てて冷蔵庫にしまった時、思い出したのだ。
男の子ってば、どうしてみんな、こうなのかな。
甥っ子が20年後、高級なチョコを、1粒1粒、大事に食べる姿は、まだ想像し難い。
大事に、丁寧に、ゆっくりと食べるからこそ、成り立つ食事がある。
相手が、それを求めているかは、さておき。
渡す側の気持ちは、いつでも一方通行だ。

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