【短歌&エッセイ】恐竜と約束
テキスト・短歌/坪内 万里コ
普段、文通を一ヶ月おきに交わしている人が手紙の中でこう告げた。「偶然にも今度、万里コさんの住んでいる土地で仕事をすることになったので良ければ会いましょう。」
その文通相手の彼とはかれこれ二年ほど文通をしていて、ありとあらゆる話題について話してきたけど「実際に会うこと」についてだけは暗黙の了解でお互いしないものだと思っていたゆえに、まるで週末のカフェに誘うかのように突然さらりと告げられて、およよと一瞬戸惑った。けど、文通を重ねるうちに自然と信頼も厚くなり、数日後に届く文字だけでは読み取れきれない、その時の表情まで一度分かち合ってみたいかもという好奇心も嘘ではなかった。
こうして、遠い土地に住んでいる顔は知らないけど素性のみ知っている文通相手の彼と私は、晴れて初めて出会うことに決めた。しかし問題は、彼はその仕事中に会おうと言うのである。いやはや詳しく聞いてみると、仕事というのは恐竜の着ぐるみを着てショッピングモール内を練り歩く仕事で、恐竜の自分を見つけ次第話しかけてほしい、とのことだった。しかも恐竜は一匹だけじゃなく、彼以外に何匹もいて恐竜の種類もさまざまらしい。何匹もウロウロしている恐竜の中から顔も見えない、顔も知らない初対面の相手を一か八かで見つけ出すのはあまりにも無謀すぎる。千と千尋の神隠しのラストシーンで、何十匹も集められた豚の中に両親がいない事を見事一発で言い当てた千尋の凄さが今となってよく分かる。
「せめて、あなたの恐竜の種類だけ教えて欲しい。」そう尋ねて返ってきた言葉は「メウロサウルス」聞いた事ない、どんな恐竜なんだろう?さっそく調べようとした瞬間に、ふっと呆気なく夢から目覚めてしまった。なあんだ。ちょっとの落胆と安堵を抱きつつ、メウロサウルスという言葉だけが頭いっぱいに浮かんだまま部屋の天井をただ見つめた。
私は普段、実際に文通を何人かと交わしていて、夢に出てきた人もその内の一人。それぞれ性別も住んでいる土地も年齢も職種もバラバラで、文通の頻度も、便箋だったりポストカードだったり、筆跡の個性もさまざま。夢の中で私は文通相手と簡単に会おうとしちゃったけど、現実の私は絶対に会わないと決めている。顔が見えないからこそ正直になれること、話せることばかりなのだ。なのに会っちゃったら、顔を見られたら、これまでの全てを答え合わせされるようでものすごく恥ずかしい。別にこれといってただの日常会話しかしていないのだけど... けど、毎日が文明みたいなこの時代に繋がりすぎない心地いい距離感を選べるのは、ひとつの幸せだと文通を続けていてつくづく感じる。
ちなみに、メウロサウルスはネットで一件もヒットしなかった。もしあのまま夢が続いていたら、無事に私はメウロサウルスの姿をした文通相手の彼を見つけ出せたのだろうか。初めて出会う相手の姿がまさか恐竜なんて、それもまたロマンチックで、一生に一度のシチュエーションで、道ならぬ恋の幕開けの予感さえしてしまう。目覚めてからというもの、夢の続きを考えてばかりいる今日だ。